惑わし総長の甘美な香りに溺れて
「笙さん! 陽を助けに行きましょう!」


 騒がしかったから、私の声が届くかわからなかった。

 でも、笙さんは気づいてくれる。


「え? あ、あんた。陽の彼女の……」


 笙さんが気づいたおかげで他の男たちも私に注目した。

 多くの視線にたじろいで逃げたくなるけれど、陽を助けるためだって言い聞かせて踏みとどまる。


「笙さんだって、本当は陽を助けたいんでしょう? Nを使って陽の記憶を消したこと、後悔してるんでしょう?」

「なんで知って!? って、そうか……やっぱり陽は思い出したんだな」


 私の言葉に笙さんは驚いたけれど、すぐに自分で答えを見つけたみたいだった。

 そして力を抜き、泣きたいのを耐えているような目をして私を見る。

 それはまるで断罪を待つ罪人のようにも見えた。


「後悔していても、今更過ぎるだろ? いくら死んだ父親の意思を継ぎたかったからって、信頼してた相手の記憶を消すとか……」

「でも、後悔してるんですよね? 父親の意思を継ぎたいっていう気持ちよりも、陽を助けたいって思いの方が強いんじゃないですか?」

「それは……」


 口ごもる笙さんはハッキリとは言わなかったけれど、その表情に答えは出ていた。

 後悔でいっぱいの表情は、父親の意思を継ぎたいけれど、陽にもう酷いことはしたくないって語ってる。
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