惑わし総長の甘美な香りに溺れて
 治療法は生花の薔薇の香りを嗅がせるだとか、Nの香りを忘れるくらいの刺激臭を嗅がせるとか眉唾なことしか書かれていなかったけど……。


「加藤くん、大丈夫だよね?」


 サイレンを鳴らしながら走り去っていく救急車を見送りながら呟いた。

 救急車が見えなくなって、野次馬もいなくなってきてから私は歩き出す。

 日も沈みかけていて、空は薄暗くなってきてる。

 完全に夜となる前に街を出なきゃ。


 ……でも、Nが本当にあったってことはあの噂も本当なのかな?


 Nという名称の由来は作られている街の名前で、それがここ、南香街だという噂。

 今は立ち入り禁止区域になっている南香街の南側は、昔は研究施設だったからそんな噂になったんだと思う。


「……本当に、ここで作られているのかな?」


 疑問の呟きと一緒に、一度南側へと顔を向ける。

 そしたら、とても見覚えのある金色が見えた。


「っ、え? 陽?」


 制服じゃなくて黒いスーツを着ていたから一瞬見間違いかと思ったけれど、それは確かに陽だった。

 なんで? どうして陽がこんな時間に南香街にいるの?

 しかも、彼は南側へ向かっている。

 私みたいに何か用事があって街に来て、夜になる前に帰るって感じじゃない。

 どこに行くの?
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