惑わし総長の甘美な香りに溺れて
 必死に掴まれている手を外そうとするけれど、そうすると逆にもっと強くつかまれた。


「いたっ」

「暴れんなって。心配しなくてもすげぇ効くらしいから、嫌だとか考えてる余裕もなくなるって」


 健太は楽しげに話しながら小瓶を他の不良に渡すと、しっかり私の両腕をつかんで後ろ手に拘束した。


「や、やだ……」


 いよいよ身動きが取れなくなって、助かろうとあがくよりも恐怖が勝る。

 それでも逃げ出さなきゃと思うのに、身体が小刻みに震えて思うように動けない。


「あーあー震えちゃってかわいそうに。怖くねぇ様にしっかり嗅がせてやるからよ」


 すぐそばで小瓶の中身を布に染みこませている男が哀れむような言葉を口にする。

 でもその表情は嘲るような笑みで、哀れみなんて欠片も抱いていないのは明らかだった。

 叫んでも助けてくれる人はいない。

 でも、自分一人じゃあどうにも出来なくて……。


 ――陽!


 脳裏に浮かぶのは私が追いかけてきた人物。

 この街にいるはずの、かわいくてカッコイイ私の義弟。

 どうしてこんなところに来たのかは知らないけれど、私を助けてくれそうなのは陽しかいなかった。


「助けてっ! は――んぅっ」


 この街にいたとしても陽に声が届くとは限らない。

 それでも最後のあがきとばかりに声を上げた途端鼻と口に布が当てられた。
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