惑わし総長の甘美な香りに溺れて
「舐めてんのはお前らだろ?」


 冷めた眼差しで陽が呟いた直後、不良の一人が後ろに飛んだ。

 陽が蹴ったんだって理解した頃には、彼はまた別の不良に殴りかかってて……。


「ぐあっ!」

「っこの!」


 健太たち不良は反撃するけれど、拳の一つも当たらなくて……。

 ドスッ、バキッて音が静夜に響く。

 口の中を切ったらしい健太の血が返り血となって陽の頬につく頃には、立っているのは陽だけになっていた。


 強い、薔薇の香りがする。

 月明かりの下たたずんでいる陽は、金の髪を夜風に揺らせてゆっくりと私を見た。

 昏い笑みは、いつもの陽とは全く違う。

 明るくて、人気者で、私に懐いてくるかわいい義弟。

 それを仮面のように外した彼は、むしろ真逆の存在に見えた。


「……陽?」


 信じたくなくて、名前を呼ぶ。

 どう見ても目の前にいるのは陽だけど、あまりの違いに別の人の可能性を探した。


「あーあ、見られちゃった」


 でも、彼は昏い目をそのままにいつもと同じ笑顔を浮かべる。

 その笑みに、この人はやっぱり陽なんだと突きつけられた。


「でもいっか。こっちの俺を知られたんなら、もう抑える必要ないしな」


 無邪気に笑って、近づいてくる陽を怖いと思う。

 平気で暴力を振るって、昏い目に私を映して。

 怖くて、震えてしまいそうなくらい恐ろしいって思う。


 でも、どうしてか目が離せない。

 怖いのに、どこか惹かれてしまう。

 強い薔薇の香りのせいなのかな?

 それとも、嗅がされた香りで身体がおかしくなっているせいなのかな?

 昏い笑みを浮かべる陽を綺麗だと思ってしまった。
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