惑わし総長の甘美な香りに溺れて
 目の前に立ち私を見下ろす陽は、頬に付いた血を袖で拭うと妖しい笑みを浮かべたままコテンと首を傾げた。


「で? いつまでそうやって座ってんの?」

「え……?」


 雰囲気は全く違うのに仕草はいつもの陽と同じで、どっちが本当の陽なのか惑う。

 いまだに身体が熱くて、思考がまとまらないことも原因だと思うけれど。


「それとも俺が怖い? ケンカして一人で三人のしちゃったからな。怖くて腰が抜けちゃった?」

「それ、は……」


 確かに怖い。

 でも、足に力が入らないのは別のことが原因だった。

 不良達に嗅がされたNに似た香り。

 あの香りのせいで身体がおかしくなっている。


「だとしても、逃がすつもりないけど」

「え? あっ」


 伸びてきた手が、頬に触れる。

 そのまま顎のラインを撫でるように指が動き、ゾクゾクとどうして良いのか分からない震えが駆け巡る。


「ぅ、はぁっ」

「……モモ? 何だ? 本当にどうした?」


 私の反応で普段と違うことに気づいたらしい陽は、綺麗に弧を描いていた眉を八の字に寄せ心配の声を掛けた。

 その垣間見えた優しさに、いつもの陽を感じて泣きたくなる。
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