惑わし総長の甘美な香りに溺れて
「あんな奴らに横流しするとか、どういうつもりだったのかしっかり聞かせて貰うぞ?」

「うっぐぅあっ」


 江島の胸ぐらを掴み、陽はそのまま彼を持ち上げる。

 陽のその強さと、首が絞まっているのか苦しさで歪む江島の表情に私はドクドクと血流が早くなるのを感じた。


 ……怖い。

 これから起こる暴力が。

 それを指示する陽が。

 陽のことを知りたいって思った。

 でも、陽が無抵抗の人間に暴力を振るう姿が見たいわけじゃない。

 怖くて、でも目が離せなくて……呼吸だけが浅く速くなっていく。

 どうしたら良いんだろうって思ったとき。


「おい、あんた」

「っ!」


 すぐ近くから声が掛けられた。

 同時に、スパイシーな薔薇の香りがして思わず警戒しながら声の方を見る。


「あんたはこっちで休んどけ」


 一緒に壇上に残っていた銀髪の男の人が、つまらなそうに別室を指していた。

 Nに似た香りも、すぐにシトラス系の香りに変わる。


 あ、れ?

 気のせい? Nを持っているのかと思ったけれど……。


「なんだ、来ねぇの? それともあいつ殴られるの見ていたいとか?」


 背を向けてどこかへ行こうとした銀髪さんは、私を振り返ってまたつまらなそうに言う。


「あ、いえ。見たくないです」


 彼は、私がこの後の暴力を見なくて済むように別の部屋へ案内してくれるつもりらしい。
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