雪の匂いにキミとの恋を
※※

「ついた……っ」

私は琢磨と別れたのを最後に一度も来たことがなかった湖の前に立った。あたりを見渡すが、淡い期待とは裏腹にあたりには誰もいない。

まだ雪は降り出したばかりだが、この程度の雪ならあの日みたいに積もることはないのだろう。

ただそれでも、冬の匂いと一緒にあの時と同じ小さな雪が夜空から降り注いでいるのをみると自然と涙が溢れ出す。

「……っ……」

分かっていたことだ。
琢磨は来ない。


──『ねぇ、琢磨。もし恋人の誕生日に初雪が降ったら……思い出の場所で待ち合わせするとずっと一緒に居られるんだって』

本好きな私のお気に入りの恋愛小説の一説だ。

その時、確か琢磨は煙草をふかしながら『へぇ』と気のない返事をしていた。

──『約束。初雪が降ったら私に会いに来て?』

そのあと琢磨はなんて言ったんだっけ?大事なことなのに私が覚えてないということはポーカーフェイスの琢磨にうまくはぐらかされたのだろう。

あの頃はそれでも良かったのに。強面の見た目と違って不器用で口下手な琢磨から返事がなくても好きだという言葉が貰えなくても。その頃は何の理由もなく琢磨とただずっと一緒に居られると信じていたから。

「嫌い……っ……大嫌い……」

冬は嫌い。
煙草も嫌い。
雪も嫌い。
琢磨なんて大嫌い。

どうしていつまでたっても私の中から雪のように溶けて居なくなってくれないんだろう。
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