壁尻マッチング☆~アンニュイな王太子さまをその気にさせる古の秘策!~
九話 悪意ある噂
王太子妃教育を始めていた頃に危惧していたように、コンラート殿下が気になって勉強に身が入らなくなることはなかった。
なぜなら、先を読んだ王妃殿下によって、コンラート殿下の私への接近禁止令が出されたからだ。
「あなたはクリスタにべたべたまとわりつくでしょう?それではクリスタのためにならないのよ」
「母上、あんまりではありませんか。ようやく会えた愛しあう二人を引き裂いて、悪魔ですか?」
「お勉強が終わるまで待ちなさいと言っているだけよ。あと三か月のうちには習得できるでしょう。アデーレと同じでクリスタは優秀ですからね」
にっこりとほほ笑む王妃殿下はとても悪魔には見えなかった。
「クリスタがきちんと王太子妃として胸を張れるように、私も最大限助力しますからね。一緒に頑張りましょう」
それどころか尊敬に値する存在だ。
私はすっかり王妃殿下の信奉者となった。
アデーレに予習として一通りのことを教わっていたので、王妃殿下との勉強は細かいところの確認作業のようなものだった。
ときに図書室で、ときに王妃殿下のお部屋で、ときに王宮の庭で。
本を読みながら、おしゃべりをしながら、お茶を飲みながら。
昔話のように長い王族の歴史をそらで語る王妃殿下の声は朗々と冴えわたり、まるでおとぎ話の聖女のように神々しいと思った。
その日は王妃殿下のお部屋で勉強をさせてもらい、終わってからマルテと一緒に退出した。
歩きなれた帰り道の廊下で、私の話をしているメイドたちを見つける。
こういうことはこれまでにも時々あって、お姫さま抱っこの件がおもしろおかしく伝わって、コンラート殿下のご寵愛が激しいというのが主なものだった。
しかし、それにしては様子がおかしかった。
妙に深刻な話をしているように感じる。
この一か月ですっかり王宮に慣れたマルテが私を柱の陰に追いやり、そこで息をひそめるポーズをしてみせる。
どうやらここで、聞き耳をたてようということらしい。
「ねえ、あなたも実家で話を聞いたのでしょう? クリスタ様が元夫のカール様を今でもお慕いしているんだって」
「そうなのよ、おかしな話よね?だってクリスタ様はコンラート殿下とあんなに仲良しだったじゃない? どうしてそこに元夫のカール様が出てくるのよ?」
「それがね、私の姉の嫁いだ先で聞いた話によると、どうやらクリスタ様はカール様との間に子をなしていたそうよ。それが死産だったから二人は別れさせられたけど、気持ちは繋がったままだったのですって」
「あら、それではコンラート殿下がかわいそうだわ」
「そうよ! 再婚だし年上だし純潔でもないし。それでもコンラート殿下は愛を注いでいらっしゃるのというのに、ほかの男に心寄せているなんてクリスタ様は不実だわ!」
なんてことだろう!
まったく身に覚えのないことをあたかも誠であるかのように話されている。
これはすぐに訂正しなくてはいけないと物陰から飛び出そうとしたら、はっしとマルテに肩を掴まれ止められた。
首を横にフルフルと振っているのは、否定の合図だろう。
確かに、聞き耳を立てていたのは良くない行いだった。
私とマルテは別の道から部屋に戻ることにした。
部屋につくとソファに崩れ落ちた私に、マルテが温かいお茶を出してくれる。
「ありがとう、マルテ、これを飲んで気持ちを落ち着かせるわ」
「はい、お嬢さま、ぜひそうなさってください。お嬢さまが落ち着かれたら、マルテからお話したいことがございます。そのためにも必ずお茶を飲んで心を落ち着けてください」
なんだか妙に迫力のあるマルテに従い、私はいつもより早くお茶を飲み干す。
慌てて飲んだので味も香りも堪能している場合ではなかったが、きっといつも通り美味しかったと思う。
「マルテからお嬢さまにお伝えしたいことは、先ほどのメイドたちが話していた内容に関係します。実はお嬢さまが王宮にこられた後、しばらくしてあのような噂が流れ始めました。最初は誰も相手にしませんでした。なにしろ、コンラート殿下によるお姫さま抱っこ旋風が吹き荒れていましたからね。だけど王妃殿下が接近禁止令を出されて、だんだんお二人が一緒にいる場面を見なくなった辺りから、その噂が息を吹き返してきたのです。いわく、お嬢さまは元夫のカールをいまだに慕っていて、コンラート殿下は憐れな恋の奴隷なのだと」
憐れな恋の奴隷……王宮は噂も詩的なのね。
噂がとんでも過ぎて頭がついてこない。
根も葉もないところにも、煙は立つのだわ。
こんな悪意に満ちた噂の出所は、アッカーマン侯爵家に決まっている。
「すぐにでもお父さまとコンラート殿下にお知らせしなくては」
「お待ちください、お嬢さま。コンラート殿下については詳しくありませんが、旦那さまについてはこの噂をご存じでいらっしゃいます。そしてその対策をすでに講じられています」
「それならば取りあえずは一安心ね。コンラート殿下には、私の離縁された経緯はお伝えしてあるの。だから噂を信じられることは無いと思うけれど、いい気持ちはしないわよね……」
私は接近禁止令に反しないように、久しぶりにお手紙を書くことにした。
このような噂を耳にするかもしれませんが、私の思う人はコンラート殿下ただお一人ですと。
返ってきたお手紙には、お手紙が嬉しかったこと、お手紙を十回は読んだこと、お手紙を抱いて寝ていることが書かれていて、私の愛の言葉が百倍になって戻ってきた。
お父さまにもコンラート殿下にも、伝えたからもう大丈夫。
そう思っていた私は、まだ陰謀の恐ろしさを分かっていなかった。
なぜなら、先を読んだ王妃殿下によって、コンラート殿下の私への接近禁止令が出されたからだ。
「あなたはクリスタにべたべたまとわりつくでしょう?それではクリスタのためにならないのよ」
「母上、あんまりではありませんか。ようやく会えた愛しあう二人を引き裂いて、悪魔ですか?」
「お勉強が終わるまで待ちなさいと言っているだけよ。あと三か月のうちには習得できるでしょう。アデーレと同じでクリスタは優秀ですからね」
にっこりとほほ笑む王妃殿下はとても悪魔には見えなかった。
「クリスタがきちんと王太子妃として胸を張れるように、私も最大限助力しますからね。一緒に頑張りましょう」
それどころか尊敬に値する存在だ。
私はすっかり王妃殿下の信奉者となった。
アデーレに予習として一通りのことを教わっていたので、王妃殿下との勉強は細かいところの確認作業のようなものだった。
ときに図書室で、ときに王妃殿下のお部屋で、ときに王宮の庭で。
本を読みながら、おしゃべりをしながら、お茶を飲みながら。
昔話のように長い王族の歴史をそらで語る王妃殿下の声は朗々と冴えわたり、まるでおとぎ話の聖女のように神々しいと思った。
その日は王妃殿下のお部屋で勉強をさせてもらい、終わってからマルテと一緒に退出した。
歩きなれた帰り道の廊下で、私の話をしているメイドたちを見つける。
こういうことはこれまでにも時々あって、お姫さま抱っこの件がおもしろおかしく伝わって、コンラート殿下のご寵愛が激しいというのが主なものだった。
しかし、それにしては様子がおかしかった。
妙に深刻な話をしているように感じる。
この一か月ですっかり王宮に慣れたマルテが私を柱の陰に追いやり、そこで息をひそめるポーズをしてみせる。
どうやらここで、聞き耳をたてようということらしい。
「ねえ、あなたも実家で話を聞いたのでしょう? クリスタ様が元夫のカール様を今でもお慕いしているんだって」
「そうなのよ、おかしな話よね?だってクリスタ様はコンラート殿下とあんなに仲良しだったじゃない? どうしてそこに元夫のカール様が出てくるのよ?」
「それがね、私の姉の嫁いだ先で聞いた話によると、どうやらクリスタ様はカール様との間に子をなしていたそうよ。それが死産だったから二人は別れさせられたけど、気持ちは繋がったままだったのですって」
「あら、それではコンラート殿下がかわいそうだわ」
「そうよ! 再婚だし年上だし純潔でもないし。それでもコンラート殿下は愛を注いでいらっしゃるのというのに、ほかの男に心寄せているなんてクリスタ様は不実だわ!」
なんてことだろう!
まったく身に覚えのないことをあたかも誠であるかのように話されている。
これはすぐに訂正しなくてはいけないと物陰から飛び出そうとしたら、はっしとマルテに肩を掴まれ止められた。
首を横にフルフルと振っているのは、否定の合図だろう。
確かに、聞き耳を立てていたのは良くない行いだった。
私とマルテは別の道から部屋に戻ることにした。
部屋につくとソファに崩れ落ちた私に、マルテが温かいお茶を出してくれる。
「ありがとう、マルテ、これを飲んで気持ちを落ち着かせるわ」
「はい、お嬢さま、ぜひそうなさってください。お嬢さまが落ち着かれたら、マルテからお話したいことがございます。そのためにも必ずお茶を飲んで心を落ち着けてください」
なんだか妙に迫力のあるマルテに従い、私はいつもより早くお茶を飲み干す。
慌てて飲んだので味も香りも堪能している場合ではなかったが、きっといつも通り美味しかったと思う。
「マルテからお嬢さまにお伝えしたいことは、先ほどのメイドたちが話していた内容に関係します。実はお嬢さまが王宮にこられた後、しばらくしてあのような噂が流れ始めました。最初は誰も相手にしませんでした。なにしろ、コンラート殿下によるお姫さま抱っこ旋風が吹き荒れていましたからね。だけど王妃殿下が接近禁止令を出されて、だんだんお二人が一緒にいる場面を見なくなった辺りから、その噂が息を吹き返してきたのです。いわく、お嬢さまは元夫のカールをいまだに慕っていて、コンラート殿下は憐れな恋の奴隷なのだと」
憐れな恋の奴隷……王宮は噂も詩的なのね。
噂がとんでも過ぎて頭がついてこない。
根も葉もないところにも、煙は立つのだわ。
こんな悪意に満ちた噂の出所は、アッカーマン侯爵家に決まっている。
「すぐにでもお父さまとコンラート殿下にお知らせしなくては」
「お待ちください、お嬢さま。コンラート殿下については詳しくありませんが、旦那さまについてはこの噂をご存じでいらっしゃいます。そしてその対策をすでに講じられています」
「それならば取りあえずは一安心ね。コンラート殿下には、私の離縁された経緯はお伝えしてあるの。だから噂を信じられることは無いと思うけれど、いい気持ちはしないわよね……」
私は接近禁止令に反しないように、久しぶりにお手紙を書くことにした。
このような噂を耳にするかもしれませんが、私の思う人はコンラート殿下ただお一人ですと。
返ってきたお手紙には、お手紙が嬉しかったこと、お手紙を十回は読んだこと、お手紙を抱いて寝ていることが書かれていて、私の愛の言葉が百倍になって戻ってきた。
お父さまにもコンラート殿下にも、伝えたからもう大丈夫。
そう思っていた私は、まだ陰謀の恐ろしさを分かっていなかった。