不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。
体が小刻みに震え出し、呼吸がしにくくなってくる。ハクハクと呼吸を繰り返すと、紫門さんが眉を寄せながら背中を撫でてくれた。大きくて優しい手が何度も私の背中を行き来する。私は紫門さんの胸元の服を掴み、涙を流していた。それは紫門さんの前で見せる二度目の涙だった。
「菫花さんごめんね。もっと側にいてあげたかったんだけど……明日から入院するんだ。ここを真っ直ぐ行ったところに病院があるだろう」
知っている。
確かにこの道の先には大きな総合病院があった。
私は泣きながら恐る恐る聞いてみる。
「あの……退院はいつになるんですか?」
私の質問を聞き、紫門さんは悲しそうな表情を浮かべた。それだけで私は全てを悟った。それはしてはいけない質問だったのだとすぐに察し、首を左右に振った。答え無くて良いと言うように、首を振り続けると紫門さんが無言で微笑んだ。
ああ……退院は無いんだ。
私の瞳から温かいモノがポロポロと落ちていく。それを紫門さんが優しい手つきで払ってくれた。
「ごめんね。もっと君の話を聞いてあげたかったんだけど……今度は菫花さんが病院に来てくれるかい?」
私はそれを聞いて、首を左右に振った。
「私達は不倫の関係ですから行けません」
「そうだったね。それでも来てほしいよ」
私は唇を噛みしめ、涙を堪えようとするが、悲しみと共にあふれ出る涙を止めることは出来なかった。
「そんなに泣かないで……菫花さん、君の幸せを願っているよ。最後に君の笑顔が見たかった」
紫門さんはそう言って私の額にキスをしてくれた。それでも私は笑うことが出来なかった。私の表情筋は死んだまま動こうとはしない。紫門さんが私の笑顔が見たいと言っているのに……笑うことが出来なかった。