不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。
*
「さん……し……白川さん」
名前を呼ばれ、私白川菫花は顔を上げた。
「あっ……すみません」
咄嗟に謝ってしまうのは社畜の性なのか、元々の性格のせいなのか……。上司からの罵声では無いことに胸を撫で下ろしながら、菫花は名前を呼ばれた方へと顔を向けた。そして私の名前を呼んだ男性を見ると、男性はギョッした顔をしていた。その理由は徹夜明けの菫花の顔には、見事な濃いクマが出来上がり、青白い顔をしていたからだった。
「白川さん大丈夫ですか?」
後輩の幸田に声を掛けられ、菫花は霞む目を何度かしばたたかせた。
「大丈夫よ」
「白川さん大分お疲れの様子ですよ」
そう言った幸田の目の下にもクマが出来ている。と言うか、この会社でクマの出来ていない人間などいない。トップとそれに近しい人間を除いては……。
「白川さん仕事まだ掛かりそうですか?」
「大丈夫よ。やっと終わって気が抜けたのね。ボーッとしていただけだからもう帰るわ」
「そうですか。気をつけて帰って下さい」
「幸田くんは大丈夫?」
「はははっ……何とかなると思います」
力なく笑う後輩が心配になる。
「少し手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。自分の事なのでなんとかします。俺なんかより白川さんの方が心配です。あの人、白川さんにはかなり強くあたるから……だから早く帰って休んで下さい」
幸田くんはそう言うと、自分の席に戻って行った。幸田くんの言うあの人とは、私達の直属の上司のことだった。私に罵詈雑言を毎日の様に浴びせ、心を消耗させる元凶。それが私達の上司、桐谷だ。あの人の顔を思い出し、げんなりしながら立ち上がった。
さてと、仕事も終わったし帰ろうかな。
周りを見渡すと、目の下にクマを蓄えた社員達が、ブツブツと呟きながらパソコンと向き合っていた。
私にしてみたら、この光景は地獄絵図だ。