不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。
*
次の日、ロビーを清掃していると、いつもとは違うざわめきが広がっていた。
どうしたのだろう?
黙々と仕事をしていた菫花が顔を上げると、そこにはいつも菫花の前で眉間に皺を寄せていた男性が颯爽と歩いていた。男性が歩くたびにサラサラと揺れる黒髪、均一の取れた目鼻、精悍な顔がここからでもはっきりと確認出来た。その男性がフとこちらに視線を向けると、その目は鋭く冷たく変わった。
私はどういてこの人にここまで嫌われてしまったのだろうか……。
まるで汚いモノを見るような目を向けられ、居心地が悪い。視線を合わせていることが出来ず顔を伏せると、誰かが男性に挨拶をした。
「副社長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
菫花は男性が副社長と呼ばれたことにも驚いたが、それ以上に驚かされたことがあった。それは副社長と呼ばれた男性が、微笑んでいたからだ。私の前ではいつもこちらを射殺さんとばかりに睨みつけてくる。その瞳が今は優しく細められていた。
その様子を見つめ、菫花は既視感を覚えた。
紫門さん……?
何故だろう……心がザワザワと落ち着かなくなった。
そんな菫花の横で、女子社員達が頬を染めながら溜め息を付いた。
「はーっ、格好良すぎ!海外支社から戻ってきたって噂は聞いてたけど、副社長になって戻って来るなんて」
キャーー!と、黄色い悲鳴が上がる。
どうやらあの男性は海外支社から昇進して、副社長になって戻ってきたらしい。噂には聞いたことがある……確か海外でいくつもの商談をまとめ上げた社長の弟で、かなりのやり手でイケメンだとか……。
それがあの人だった。