不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。
*
それから数日後……菫花は昼休憩を済ませ、三階フロアーのゴミ集めを行っていた。下ばかり見ながら作業を行っていたため、近づいてくる人の気配に気づけず、ドンッと勢いよくぶつかってしまった。
「キャッ」
思わず小さな悲鳴を上げると、大きな手で包み込まれた。
「ごめん大丈夫?」
ニコリと笑ったその顔に息を呑む。
副社長……。
副社長も私に気づいたらしく笑顔から一変、すぐに眉間に皺が寄せた。しかし私を抱きとめてくれているその手はそのままで、ビリリと甘い刺激で包まれていた。
始めて笑顔を向けられた。
あの人を思わせる優しい瞳……。
紫門さんの面影がそこにはあった……。
ジッとその顔を見つめていると、低い声が聞こえてくる。
「お前はそうやって男を誘惑して、その気にさせるのか?」
「えっ……」
「女狐……。これ以上俺達に近づくな」
「ちが……」
「はッ……何が違うと?そうやってジッと見つめて、瞳を潤ませて誘惑しているのだろう?」
誘惑?
そんな事をしたつもりは全くない。
しかし副社長からぶつけられる冷たい言葉を聞いても言い返せない。
喉が詰まって声が出ない。
スーツの男性は今でも苦手だ。
特に手を上げられたわけでは無い。罵詈雑言の嵐の様な毎日に疲弊していっただけ。心がそれに耐えられなくなって、感情を閉ざしてしまった。それは自分の意思では無くて、自分を守るために勝手に脳が指令を出したのだろう。何も感じなければ大丈夫だと。
恐ろしい記憶が蘇る。