不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。

 *

 父が天へと旅立つ日がやって来た。

 痩せ細った父の腕には沢山の点滴が繋げられ、点滴痕の残る腕は打撲のように痛々しく紫色に変化していた。それは父が闘病生活を頑張った証のようなものだった。心臓の鼓動がゆっくりと速度を落としていく。病室内に置かれた心臓の動きを見るモニターが、異常を知らせ始める。

 母は父の手を握りしめ、泣きながら微笑んだ。

「紫門さん……私は幸せでしたよ。あなたと出会うことが出来て、子供達にも恵まれて……一緒に逝けないが残念よ。少しだけ向こうで待っててくれる?すぐに追いかけることは出来ないけれど、私に出来ることをやりきったら迎えに来て下さいね」

 母がそう言うと、父の口角が微かに上がった。

 ああ……この人は最後まで、母思いだなと思った。

 そして父は静かに息を引き取ったのだった。

 病室には家族のすすり泣く音だけが響いていた。もちろん俺も父の死に悲しみ涙していたが、その脳裏にはあの女の姿があった。毎日病院を眺めていたあの女の姿が……。

 あの女も父の死を悲しむのだろうか?

 父がベッドから起き上がれなくなり、ベッドで過ごすようになっても、あの女は病院の外に立っていた。

 毎日毎日飽きもせず、よく続くと思った。

 それだけ父を愛していると言うことなのだろうか?

 愛……。

 それはそんな綺麗なモノではないだろう。

 不倫とは人のものを配偶者から奪い取るもの。

 人として踏み入れてはいけない領域だ。

 不貞行為に反吐がでる。

 あの女は母から父を奪い取った女狐だ。

 許せるはずがなかった。

 だが、あの女にもう会うことなど無いだろう。

 父がいない今、俺達の前にあの女が現れるわけが無いと思っていた。そう思っていた。

 しかし俺の予想に反してあの女は現れた。

 あの女はここの清掃員だったのか?

 そうか、ここで父と出会い誘惑したのか。

 虫も殺さぬ様な顔をしてよくやる。

 俺はイライラしながら海外支社へと帰った。




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