【受賞作】命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
「早く部屋に戻りなさい。その顔を私に見せないで!」

 皇后がサイラスに向かって勢いよく本を投げつけた。
 足元ならまだよかったが頭に当たりそうになったので、サイラスは思わず壁際へ下がってしまう。
 そこには運悪く高価な陶器の壺が飾られていて、ぶつかった拍子にサイラスが上から覆いかぶさる形になり、台から落ちた壺はガシャン!という大きな音と共に粉々に割れた。
 皇后もそこまでは予測していなかった。もちろん故意に仕向けたわけではない。

「サイラス様、手当てをいたしましょう!」

 音を聞きつけた使用人が飛んできて、倒れているサイラスを抱き起こした。

「私のせいではないわ。サイラスが勝手によろけて転んだのよ」

 いつもなら母親である皇后の援護射撃をするであろうミシュロも、このときばかりは事の重大さを推し量ったのか黙りこんだ。
 割れた壺の破片が床に散らばる中、サイラスが横たわっていた頭のところだけ血で真っ赤に染まっている。
 体格のいい使用人がサイラスを横抱きにして宮廷医の元へ走った。
 頭や腕にも陶器の破片が刺さっていたが、一番大きな出血元は左頬が切れた傷だった。

 その傷は五センチにも及んでいたため、さすがにただのいざこざでは済まされず、皇帝の耳にも入ることに。
 当事者である皇后とミシュロは、サイラスが後ろへ下がった際に勝手にバランスを崩して転んだのだと説明をした。
 ほかに目撃者がいなかったので、皇帝は彼女たちの言い分を聞き入れるしかない。

 ようやく傷が治ったサイラスは、包帯が取れたあとに顔の左側だけ仮面を付けるようになった。
 傷痕が残った醜い顔で王宮内をうろつくなと、皇后から通達があったからだ。

(あの人は、ごめんなさいって言葉を知らないのかな……)

 自分が大怪我をしたのは、あのとき皇后が本を投げつけたせいだ。
 だからひとこと謝ってほしかった。部屋から勝手に本を持ち出したミシュロにも。

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