【受賞作】命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
 カリナがフィオラを伴って買い物に出ようとしていたそのとき、屋敷の前に馬車が到着し、この家の主人であるマルセルが帰宅した。
 今日は皇帝に謁見するため、朝早くから支度をして王宮に赴いていたはず。
 サマンサとカリナがもう戻ってきたのかと首をかしげていると、マルセルはむずかしい顔をしたままふたりを別室に呼んで話を始めた。
 使用人たちには聞かれたくない話なのだろう。こういうときはお茶を持って行くべきかどうか迷ってしまう。

「嫌よ、絶対に嫌! どうして私なの?!」
 
 三人で話し始めてすぐに荒々しい声が部屋から漏れ聞こえてきた。声の主はカリナだ。
 気になったフィオラが部屋の外から様子をうかがうと、今度はサマンサが涙声で「それはあんまりですわ!」と訴えているようだった。
 しばらくしたあと扉が開き、真っ先に廊下に出てきたのはカリナだったが、人目も(はばか)らずにしゃくり上げて泣いている。

「待ちなさい、カリナ」

 マルセルが引き留めようとしてカリナの腕を引いたが、彼女はそれを振り切って二階にある自分の部屋に駆け込んでしまう。
 その行動にマルセルは頭を抱えて溜め息を吐いた。
 一番最後に部屋から出て来たサマンサもハンカチを鼻に当てて涙ぐんでいる。
 なにかとんでもないことが起こったと悟ったフィオラはカリナが心配になり、彼女のあとを追って二階に向かった。

「お嬢様」

 コンコンコンとノックをして声をかけるも反応がない。
 ドアノブを回してそっと扉を開けると、カリナはベッドに突っ伏して泣いていた。
 今はひとりにしたほうがいいと判断し、フィオラはそのまま扉を閉めて一階に戻ることにした。

「……お嬢様は?」

 階段下で待ち構えていたのは侍女頭のシビーユで、重苦しい表情を浮かべながらカリナの様子を尋ねたが、フィオラは力なく首を横に振るしかない。

「あとで温かい飲み物をお持ちします」
「そうね。そうしてちょうだい」

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