【受賞作】命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
「かわいがってきた実の息子には裏切られ、頬に傷をつけるほど嫌っている私が皇太子になるとは、実に不愉快でしょうね」
「黙りなさい! お前の怪我は私のせいではない!」
「当時十歳だった私に思いきり分厚い本を投げつけたのをお忘れなのですか?」

 ののしり合いになりそうな空気を読み取った皇帝が、いい加減にしろとばかりに「辞めよ」と割って入った。
 頬の傷の件は皇后を咎めずに見逃した皇帝も話を蒸し返されるとバツが悪い。

「サイラス、今後は皇太子として余を支えてくれ」
「承知いたしました」
「お待ちください」

 サイラスが腰を折って頭を下げると同時に、再び皇后が口を挟んだ。

「サイラスは無断でローズ宮を出て三年も好き勝手に暮らしていたのですよ? それをお許しになるのですか?」

 燃え盛る火のようにまくしたてる皇后を見て、皇帝は静かに瞳を閉じ、左手で頭を抱えた。
 この期に及んでまだサイラスを排除しようとする彼女に辟易としたのだ。

「たしかにスヴァンテに自分の身代わりをさせたのはやりすぎだが、サイラスはローズ宮に幽閉されていたわけではない。外に出るのは自由だ」

 “幽閉”という言葉がミシュロを連想させたのか、皇后の顔がみるみるうちに曇って元気をなくした。
 不祥事を起こした息子は嫡男なのに皇籍からも消されるのだろうと考えたら、胸をえぐられるような気持ちになったのだ。

「私は一生ひっそりと暮らしていくつもりでした。こうなったのは兄上の不祥事が原因です。心配なら、皇后様もビデンス宮に行かれてはいかがですか?」
「なぜ私まで」
「その昔、毒を盛って私を殺しかけたではないですか。正確には私ではなく母のマリアンナ妃を狙ったようですが」

 サイラスが明らかに爆弾発言をした瞬間だった。誰もが耳を疑い、場が凍り付いた。
 皇帝は聞き捨てることも、笑顔で冗談だと受け取ることもできずに眉根を寄せる。

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