【受賞作】命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
「あの……なにがあったんでしょう? お嬢様があれほど泣かれるのは珍しいですよね」

 今度はフィオラが声をひそめて問うと、シビーユは小さくうなずいて溜め息を吐いた。
 これまではカリナがワガママを言っても、娘に甘いマルセルは多少のことならなんでも許してきた。
 そのせいで散財もしていて、この家で働く使用人ならそれは誰もが知っている。
 だからこそ、目に入れても痛くないはずの娘があんなに泣いて嫌がっているのに、マルセルはなにを()いたのかフィオラは気になって仕方がなかった。

「旦那様は今日、王宮に呼ばれていらしたでしょう? 実はお嬢様の縁談についてお話があったらしいの」

 シビーユの言葉を聞いたフィオラはすぐに察しがつき、自然と眉根を寄せた。
 フィオラのような平民には無縁だが、貴族の令嬢には親の決めた相手と結婚する“政略結婚”がつきものだ。
 きっと、カリナはその縁談が気に入らないのだろう。
 こればかりは単なるワガママは許されないとはいえ、さすがにあそこまで泣いて嫌がるのは不思議な気がして、フィオラは小首をかしげた。

「お相手は皇族の方なのですか?」

 公爵や伯爵など、貴族同士の婚姻ならマルセルがわざわざ王宮へ出向く必要もない。
 なので、もしかしたら皇帝と血縁関係にある男性との縁談ではないかとフィオラはなんとなく勘が働いた。

「第二皇子のサイラス様ですって。皇帝陛下からじきじきにお達しがあったそうよ
「え……」

 相手の名を聞いた途端、フィオラは驚いて思わず目を見開いた。
 皇族の血を引いているとしても、遠縁に当たる貴族だろうと想像していたからだ。それがまさか皇帝の御子である皇子だとは思ってもみなかった。

「どうしてうちのカリナが、って奥様も泣いていらっしゃるわ」

 シビーユは長年サマンサの専属侍女として仕えているので、自分のことのように心配して悲しそうな表情を浮かべている。

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