【受賞作】命がけの身代わり婚~決死の覚悟で嫁ぎます~
「陛下、お願いがございます」

 再び会釈をしたあと、サイラスが話し始めた。

「スヴァンテの罪は不問に付してもらいたいのです。すべて私の指示通りに動いたまでで、彼は悪くありません。罰なら私が受けます」
「しかしお前の代わりに結婚までしたのだぞ?」
「その件ですが」

 サイラスが突然振り返り、スヴァンテとフィオラにやわらかい視線を送った。まるでふたりを応援するかのように。

「私とは正式に結婚していなかったことにして破談に。こちらの事情を話せばブロムベルク公爵もわかってくれるはずです」

 皇帝は深く溜め息を吐いてうなずいた。
 王宮内に皇族だけを集めて行われた質素な式だったとはいえ、結婚してから半年も過ぎている。
 普通に考えたら無理筋だけれど、それを通すしかない。すでに情を交わしているふたりを引き裂き、改めてサイラスの妻に据えるわけにはいかないからだ。
 ボルツマン子爵家はれっきとした貴族だがブロムベルク家の爵位は公爵。格が違う。通常なら公爵家の令嬢が嫁ぐ先ではないが、事情を知ればマルセルもふたりの結婚を許すだろうと納得をした。

「カリナ、このような事態になってすまない。君の父上にも後日きちんと詫びておく」

 身代わりを知らない皇帝がフィオラに向かって謝罪の言葉を口にした。
 だがフィオラはどう返答していいかわからず、それなら発言を控えるべきだと考えて深く頭を下げるだけにとどめた。

 大広間を出たフィオラは張り詰めていた緊張の糸が解けたせいで、足元をふらつかせた。

「大丈夫か?」
「はい。すみません」

 即座にフィオラの腰を支えたスヴァンテと目が合うと、誰も斬首刑にならずに済んだと安堵して泣きそうになった。
 自分も、スヴァンテも、サイラスも、ブロムベルク家も。

 ローズ宮に帰り着いたものの、本物のサイラスが戻ってきた今、ふたりとも近日中にこの宮殿を去ることになる。
 こうなることは予想できていたので、すぐに運び出せるようにある程度荷物の片づけは済ませてあった。
 輿入れのときに持たせてもらった煌びやかなドレスや豪華な調度品はブロムベルク家に返すつもりだ。自分の身の丈には合っていない。
 しかし、フィオラは実家以外に身を寄せる場所が思い当たらなかった。使用人としてブロムベルク家にはもう戻れない。
 スヴァンテはクリスタル宮に住まいを変え、サイラスの近侍として仕えるのだろう。わざわざたしかめなくても離れ離れになるのはわかっていた。
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