僕の秘書に、極上の愛を捧げます
その後、専務は社長と外出し、午後はしばらく私ひとりだ。
自分用にコーヒーを淹れてデスクに戻り、飲みながらぼんやりと考える。

『忘れさせてくれるんじゃないか? 昔の男のこと』

もう忘れたつもりでいたのに、そう言われると急に胸が苦しくなる。

「3年か・・。いま、どこで何をしているんだろう」

いわゆる "元カレ" は、その時勤めていた企業のMBA留学枠に選抜されたと言い『海外でやれるチャンスだから、理解してくれるよな?』と別れを切り出した。

いま思えば、別れるきっかけがほしかったのだろう。

私には『待っていてほしい』とか関係を継続するような言葉は無かったのに、赴任先に女性を同伴したという噂もあったから。

アプローチして来たのは彼で、告白されて付き合い始めてからは、あまり恋愛経験が多くなかった私に甘い言葉を重ねて夢中にさせた。

MBA留学生の候補になるくらいだ。
仕事も、人付き合いも、見た目も・・私にとっては憧れでしかなく。

そんな彼にとって、社長秘書だった私に最初こそ興味を持ってくれたのだろうけど、面白みの無さに呆れたはずだ。

彼は社長と仕事を通じて面識もあったから、変なタイミングで別れを切り出して干渉されるより、留学を理由に別れたというのが無難だったのだと思う。

もし、今の私ならば。
あの頃の彼とも、少しは上手くやっていけたかもしれない。

今更・・か。

ガチャッ。
ドアノブのレバーが下がる音がした。

そろそろ専務が帰って来る時間だ。
私は立ち上がり、開き始めたドアに声をかけた。

「お帰りなさい、専務」

「えっ、専務?」

「・・え?」


私の目の前に立っていたのは、専務ではなく。
今まさに思い出していた『元カレ』だったのだ。



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