僕の秘書に、極上の愛を捧げます
専属秘書になって数日。
まだ多少のぎこちなさは残るものの、求められていることの内容やコミュニケーションを取るタイミングが、少しずつつかめてきた。


「おはよう、宮田さん」

「おはようございます、専務。今日はあいにくの雨ですね。傘、お預かりします」

役員室の入口で専務を出迎え、傘を受け取る。
でも、傘も服も全く濡れていない・・。社用車は出していないし、タクシーかしら?

不思議そうな表情をしていたのか、専務は私の疑問に答えをくれた。

「今日は車で来たんだ。宮田さんとランチに行く店、駅から少し歩くんだよ。濡れて、風邪でも引かれたら困るからね。僕の車で行こう」

ニコッと微笑みを向けられて、どう反応していいか困ってしまう。
それは・・私が風邪を引いたら、仕事が滞るからですよね?

「あの、ご配慮ありがとうございます。ですが、専務のプライベートの車に乗せていただくわけには・・。お気持ちだけ頂戴して、タクシーを手配いたしますね」

「遠慮しなくていいんだよ」

「いえ、あの、本当にお気持ちだけで・・」

なるべく気にしないようにしているものの、やっかみというか、そういう類の会話が社内のあちこちから聞こえてくるのだ。

それなのに、お昼の目につく時間帯に専務のプライベートカーで一緒に出かけたりしたら、女性たちの刺すような視線できっと仕事にならない。

「そう・・じゃあタクシーで行こう。僕は全く気にしないんだけど、宮田さんの気持ちも考えないといけなかったね。昼が楽しみ過ぎて、気持ちが先走ったな」

そう言うと、スッとデスクに向かってタブレットでニュースをチェックし始める。

私は、たった今の会話が理解できず、その場に立ち尽くしていた。

『昼が楽しみ過ぎて、気持ちが先走った』

それは・・ランチミーティング用に手配したお店が、多彩なアラカルトメニューから選ぶ楽しみがあるから?

何気ない専務の言葉に、気持ちがざわつく。
そう、ざわつくのだ。

どことなく甘さを含んだような言葉に、上手く対処できない。
専務にとっては普通のやり取りのようなのに、私だけが慣れなくて混乱している。

そう、慣れない・・。
気づかれないようにため息をつきながら、私はデスクに戻った。



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