君はまだ甘い!
マヤはどうしたものかと思案したが、ユカに目くばせをすると、空気を読んだ少女は、無言で玄関の方に向かって走り去った。


トオルはそれをすまなそうに見送りながら、目の前の古びたベンチにカバンをどさっと置いた。
澪とトオルが向き合って、マヤはトオルの斜め後ろに立っている。

少し離れたところから、こちらを見ている人がちらほらいるのが目に入る。

気まずい沈黙が流れたあと、澪が意を決したように口を開いた。

「もう何度も伝えてるけど…、どうしてもトオルとやり直したいの」

マヤは、先ほどから胸の中をかき回している、言い知れぬ不安がどんどん膨らんでいくのを感じた。

「だから、それは無理だっ…

「あの時、」

澪がトオルの言葉に被せるように言う。

「あの時、トオルに別れを告げたのは、別の彼氏ができたからじゃないの」

「え?」

「ホントは、トオルに失望したから、なの」

「・・・失望…ね」

トオルはどうでもよさそうに澪の言葉を繰り返した。

「そう、失望。私はずっとトオルはプロになると思ってた。私だけじゃなく、周りのみんながそう思ってたよ。トオルのお父さんも、お姉さんも」

いきなり澪の口から出たトオルの身内。
家族公認の交際だったのだとマヤは悟った。

「でも、トオルは頑なに拒否したよね、スカウトの話も全部蹴って」

「・・・」

「私はバスケをしているトオルが好きだったし、絶対プロになれるって確信してた。だから、そんなトオルを支えていくためなら、夢だったモデルの仕事も辞める覚悟もしてたの。それなのに…、トオルは無難な道を選んだ。そのことに失望したの…」

「・・・」

「その時の私はまだ未熟だったんだよね。それでトオルへの愛も冷めた、と思い込んでたの。だから、前からアプローチされていた大学の先輩と付き合うことにしたんだ」

マヤは自分の知らないトオルの過去の話にいつしか聞き入っていた。
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