君はまだ甘い!
「でも、結局その彼とはすぐに別れた。だって、トオルと比べると、何もかも見劣りするんだもん。ルックスはもちろん、トオルの優しさ、強さ、おっとりした可愛い表情。それに・・・」

澪は甘えるような表情になり、ちらっとマヤを一瞥してから続けた。

「私を抱く腕の逞しさや、ベッドの上でだけ見せる…

「ミオ!」

トオルはずっと黙って聞いていたが、さすがに不穏な空気を察知したのだろう。
遂に口を開いた。
形の良い凛々しい眉を寄せ、その語気はトオルにしてはかなり強かった。
しかし澪は動じる様子もない。

「自分から振っておいて、やり直したいなんて虫が良すぎるよね。だから、トオルを忘れるためにその後も何人かと付き合ったけど…。でも…無理だった。やっぱりトオルじゃなきゃ無理ってわかったの!」


トオルの後ろで聞いていたマヤは、激しい胸の痛みと、息苦しさに襲われていた。
望んでいないのに、目の前の美男美女が裸で抱き合っている映像が脳内に現れ、めまいがしてその場に倒れそうになった。

ヒロキの浮気のストレスから発症したパニック障害の症状に似ている。
よろめく体をなんとか立て直したが、もうこれ以上この場にいるのは限界だった。

マヤの異変に気付いたトオルが、

「マヤさん、大丈夫!?」

と心配そうにマヤの顔をのぞき込んだ。

トオルは残酷だ、とマヤは思う。
なぜ自分にこんな話を聞かせるのか。

そんな不信感が湧き上がり、気付くと、自分に伸びてくるトオルの手を払いのけていた。

「トオルくん、今日は帰るよ。大切な話みたいだから…二人でゆっくり話して…」

何とか笑顔を作り、痛む胸を押さえながら振り絞るように言う。
それからトオルに背を向け、足早に出口に向かって歩き出した。

「マヤさん待って!」

先ほどまで多くの人で賑わっていたホールは、今は関係者らしい数人を残すだけとなっていた。
トオルの声が空しく響く。


マヤはその静寂の中を、ただ一心に出口を目指して歩いた。
扉を開いて一歩外に出ると、精気を失った青白いマヤの顔に、真夏の日差しが容赦なく照り付けた。
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