君はまだ甘い!
トオルの誕生日なので、マヤがごちそうする、と、張り切ってリサーチしたフレンチレストランは、「美味しくて雰囲気も良く、良心的な値段」という評判の通り、満席にもかかわらず、広々として静かな空間で、前菜からデザートまで心ゆくまで堪能できた。

「こんなにゆっくりと食事をするの、ほんと久しぶり」

トオルは嬉しそうに、次々運ばれてくる料理を美味しそうに食べていた。

すべての料理が運ばれた後、

「マヤさんが気にしていると思うので…」

と前置きした上で、トオルは澪との馴れ初めを語り始めた。

澪は現役大学生モデルをしていて、とあるバスケ雑誌で対談をしたのをきっかけに、付き合い始めたらしい。

澪は卒業後も、その抜群のスタイルと美貌でグラビアモデルとして一定の知名度を築いている。


「その後はマヤさんにお話した通りです」

トオルは晴れやかな表情だった。

「プロになるって決めたのは、彼女の言葉とは関係ないです。Bリーグからはずっとアプローチを受けていたけど、実業団に入ってからは、仕事もあるし、バスケにそこまで情熱を注げなくなっていて…」

マヤは黙って聞いていた。

「マヤさんが試合を観に来てくれた時、オレ、柄になくいいところ見せようって張り切ってたら、やっぱりバスケが好きだなーって気付いて。まだまだ思うようにプレイできるって実感できたし、もうプロになるなら最後のチャンスだと思ったんです」

トオルは料理の皿が下げられ、コーヒーカップだけになったテーブルの上で組んだ両手を見つめながら淡々と語る。

トオルは今日で27歳になる。
プロに転身するには遅い年齢だろう。
それでもなおプロチームから熱望されるとは、トオルはよほどの逸材なのに違いない。

マヤはそんなトオルを誇らしく思いながら聞いていたが、ふと思い出したように隣の椅子に置いていた紙袋を持ち上げ、テーブルの上にそっと置いた。
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