君はまだ甘い!
「トオルはさ」

トオルと出会う前は、厭世的な考えに支配されていた自分。
その馴染み過ぎた思考に戻るのには、1秒もかからなかった。

「トオルは甘いね。結婚は惚れた腫れたで成り立つもんじゃないの。二人だけの問題でもないしね」

そう言ってトオルを見上げると、その目は落胆の色を滲ませている。
初めて目にするトオルのその表情に胸が痛み、思わず目を逸らした。

「失敗したから?」

だが、トオルからの思いがけない言葉に、カッとなってまたその顔を見上げる。

「オレ、帝王さんに同感」

「は?」

「オフ会の時、彼、『自分が失敗したからって結婚を否定的に言うな』みたいなこと、マヤに言ってたよね」

マヤは、あの忌々しい記憶をわざわざ持ち出すトオルに怒りの感情が抑えられず、思わず睨みつけた。
トオルにこんな感情を抱くなんて想像もしていなかった。

「結婚もしたことないくせに!」

(ああ、終わった)

やっぱり16年の人生経験の差は大きい。
トオルのような若い世代とは価値観も違うし、永遠に分かり合えないのだろう。ましてや結婚なんて。

「帰る」

そう言ったものの、名古屋駅からずっとトオルの運転で移動していたので、自分がどこにいるのか、どちらに向かえばいいのかもわからない。マンションを出た時点で立往生するのは確定だ。

それでもカバンを手にし、リビングを出た。玄関でサンダルにつま先を滑らせ、腰を屈めようとした時だった。
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