百物語。
思い立ったままに廊下に出て、ゆっくりと玄関の扉を開き外へ出る。

車庫に無造作に置かれている車を見つけて、その中をそっと覗き込んでみた。

「………」

動くもの一つ、そこにはなかった。

「…あ、れ…?」

そこへ来てやっと事態を把握したように私は呟いた。その声は白い空気となって景色に溶け込んでいく。

おかしいと純粋に思った。

吐息が白く濁るということは、外が寒いということ。真夏なのに雪が降っている今、それはある意味当たり前なのだが。

なぜか、私の体は“寒い”という感情を露にしない。

それこそいつも通りの夏と同じ気温のように思えるし、寒いなんて思おうとしても思えない。

しかし空からは真っ白な雪が降り、足元にも真っ白な雪があり、口から吐き出す息は白い。

「………」

まるで視界だけがおかしくなってしまったような感覚。

「…何、これ…?」

やっぱり頭は正常に機能しなくて、ただ霧がかかったようだった。これでは考えられるものも考えられない。たった今夢から覚めたような感じすらした。

私はその場からのたのたと歩き出した。ザクザクと雪を踏む音がする。いや、その音しか聞こえない。

車の通る音も、小鳥の囀る声も、他の誰かが雪の上を歩く音すらしない。

誰が言ったわけでもないのに、誰もいないのだろうかと思った。

が、そんなことあるわけがない。田舎とは言っても、ここも人が全くいない町じゃない。

とりあえず向居に建つ家へと何となく忍び足で入ってみた。山川、と書いてあるそこは、確かに向居のはずである。
 
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