百物語。
第一章 トウキョウ
髪、伸びたね。
そう言われても自分では分からないため、反応しようがない。
けれど言われて嫌な気はしないのは何故だろうか。
「………」
何か物音がした気がし、私はゆっくりと閉ざしていた瞳を開けた。濁っていた視界が徐々にくっきりと見え出す。
「…あさ…」
そう、今は朝。自分で呟いた言葉に後から理解するように欠伸をした。窓から入ってくる白い光が朝日を指していることに気付かないほど、私も馬鹿ではない。
「あら、起きたのね邦子」
ぼうっと天井を眺めていると隣から聞こえた声に薄く反応し、顔をそちらに向ける。いたのは、見慣れた女人。
「…お母さん…」
「ほら、早く起きて頂戴。引越し今日でしょう、お父さんもう朝ご飯食べちゃったわよ」
むくりと起き上がり、私はベッドからのそのそと怠慢な動きで出る。
「……ていうか何してるの?さっきから」
お母さんは私に言ってから再びガサゴソと私の部屋の箪笥をあさりだす。先ほどの物音の正体はこれかと理解した。
「ショルダーバッグ探してるの。…おかしいわね、ないわ。邦子、知らない?」
「知らないよ…大体そんなもの私の部屋の箪笥にあるわけないでしょ」
「そうよねえ…どこにもないからもしかしてここかもって思って」
「違うと思うよ、私そこの箪笥整理したけど、ショルダーバッグなんて出てこなかったもん」
母のバッグが娘の部屋から出てくるというのは、娘が母のバッグを借りた場合のみだ。私はそんなことしないし、そんなものこの部屋で見た覚えすらない。
「でも一応よ、一応」