百物語。
朝だから電気はいらないはずだけど、それでも寝室だからどこか薄暗いため、その場を照らすように電気をつける。

そう言えば、友人には何と言っただろう。

どこに行くの、そう訊かれた私は、すんなり答えたはずだ。東京。東京の―――…。

「…どこだっけ……」

なんとか思い出そうとするも、言えない。脳裏に浮かばない。引越し先の住所。それは、お母さんだけじゃなくて私も思い出すことが出来なかった。

溜息と同時に出るそんな呟きを無視して、とりあえず寝室にある机を確かめる。ここにあるはずだった。絶対な自信がある。

何故なら、私は昨日両親と、ここで、この机の上に乗った住所の書いてある紙を見ながら、明日すべきことを話していた記憶があるからだ。

その内容は昨日しっかり覚えた。

朝8時30分迄に起床。そう、だから私は9時だと知ったとき、自然と「寝すぎた」と思った。

10時迄には私物を持ってお父さんの車に乗り込み、電車は使わず東京へ向かう。そして新しく我が家となる、東京の……。…駄目だ、ここから先が思い出せない。

やはり住所まるまる忘れてしまったとしか思えない。

でもそれも、紙が見つかればすっきり解決するはずだ。私は頭の隅で住所を思い出すため脳を活用しながら、手ではその紙を探した。

しかし結局、そんなものなどなかったかのように紙は見つからない。

「……」

絶対に昨日はここで話した。紙も見た。住所も覚えた。

それなのに、どうして見つからないのか。紙に足でも生えて歩いて行ったのだろうか?いやまさか。

しばらくはねばった私だったけど、諦める他ないと深く息を吐いてからお母さんの待つリビングへと向かった。こうなったらお父さんに訊くしかない。
 
 
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