百物語。
お父さんの運転でそこまで行くのだから、お父さんが家の住所を覚えていないわけがない。

お母さんのボケが始まったとか言ってる場合じゃない、自分の記憶力を心配しなければならなくなった。

「お母さん、住所書いてある紙ないよ」

一言言って、顔を覗かせる。見えたのは付けっぱなしのテレビと放置されたコーヒーカップと皿だけだった。

今私が見ていたテレビなのだから、付いていて当然。今朝食を食べ終えたのだから、あって当然。

しかし…。

「………アレ」

お母さんの姿だけが、確認できなかった。

「…お母さん?」

お母さんもトイレ?いやそんなまさか。でもそうなのだろうか?

違和感はあったけど仕方なしに私はとりあえず待とうとソファーに座る。中途半端に残っていたコーヒーが揺れた。

16歳のくせにブラックコーヒーなんて生意気だな、なんて、お父さんに言われた記憶がふと浮かんだ。

変わっているのかどうか自分では分からない。私はおいしいと思って飲むのに背伸びしているようにも思われる。それが面白くない。

もうすっかり冷めてしまっているであろうコーヒーをぼんやり眺めながら、いつの間にか終わってしまっているテレビショッピングに気付いた。代わりに入っているのは天気予報だ。車移動の私達にとってはどうでもいい。

それに天気予報なんて見なくても空は、

「…………え?」

私はちらりとカーテンの隙間から見える外の景色に声を上げた。見間違いかと思ったが、確かめるためにそっと窓に近づいてカーテンを開ける。
 
< 8 / 15 >

この作品をシェア

pagetop