彼女はまだ本当のことを知らない
「う〜ん」

 体が妙に重だるいなぁと思いながら、伸びをする。
 シーツの肌触りも、何だかいつもと違う気もして、伸ばした右手の先に何かが当たった。

「…、??」

 こんなところに壁なんかあった? 自分の慣れ親しんだ部屋の構造を思い出す。壁はベッドの奥側だから仰向けになって右手を伸ばしても、壁なんかあるはずがない。
 
(…壁? でも何だか…温かい?)

 壁肌に手を添わせる感覚で手を這わせると、壁は真っ平らではなく、滑らかで温かい。

「くすぐったい」

 まだ眠気が晴れなくて、目を瞑ったまま手を動かしていると、壁が喋った。

「そんなふうに触られると、恥ずかしいな」

 手首を掴まれ、ぱっちりと目を開く。恐る恐る喋った壁の方を向く。

「おはよう、タニヤ」
「げっ…」

 そこに寝起きの心臓に悪いくらいのハンサムな顔があって、私は素で声を発した。

「『げっ…』て…酷いな」
「テ、テテテテテテ、テイラー…隊長」
「他人行儀だな。ランスロットと、呼んでくれと言ったし、昨夜はそう呼んでくれただろ?」
「ゆ、昨夜…」

 そう言われて、自分が彼と昨夜何をしたのか思い出した。
 体がいつもと違うのは、それが情事の後だからだ。
 しかも、経験のないタニヤでもわかる。獣人の彼とのそれは、かなり激しいものだった。
 それを思い出し、タニヤはボボボと赤くなって、シーツに顔を埋めた。

「タニヤ?」

 しかしそれは間違いだった。
 シーツの中はお互いまだ何も着ていない。
 差し込む光がシーツを照らし、逞しいランスロットの裸体が目に飛び込んできた。
 当然のこどく、剥き出しの下半身も丸見えで、そして何故かランスロットのそこは今も大きく張り詰めている。

(え!な、なんで…あんなにおっきくなってるの?)

「タニヤ、どうした?」

 シーツの端をランスロットが掴んで、彼女を引き出そうとする。
 バッとシーツを捲り、私は顔を出して彼の顔を見上げた。

「あ、あの、た、隊長…」
「ランスロットだ」
「ランスロット…あの…」
「もしかして、昨夜のこと、後悔している?」

 私の動揺した様子に、なぜか彼はいつもはピンと立てている耳を垂らしてこちらを見ている。

「後悔…」

 彼の言葉を繰り返すと、彼は私の次の言葉を固唾を呑んで待ち構えている。

「いえ」
「そうか」

 私が否定すると、彼は垂らした耳をピンと立てて、満面の笑みを見せた。

「私も大人ですから、自分の行動には責任を持ちます。昨夜のことはあなた一人のせいではありません」

 そう。元は禁じられた副業をしていた私が悪い。それを隊長が見つけて咎め、それをネタに体の関係を強要したとしても、受け入れたのは自分だ。
 その理由としては、私にも彼への好意があったからだ。
 女性遍歴の華やかな彼が、ほんの気の迷いだとしても私を求めてくれている。
 処女性が尊ばれているとは言え、職業を持って働いているのだから、結婚前に男女の付き合いがあっても特に咎められるほどのことではない。

「タニヤ、それって…」

 ランスロットの耳がピコピコと激しく動き、眉が中央に寄った。声も心無しか低くなっている。

「大丈夫です。公私の区別はちゃんとつけますから。上官に訴えたりしません」
「公私の区別? 訴える?」

 ランスロットの声が更に低くなり、喉の奥で唸っている。訴えるとか物騒な言葉を口にしたからだろうか。

「君は何を言っているんだ」
「あ、別に脅してるわけでは…あの、んんんんん」

 不意に唇が塞がれて、ランスロットが覆い被さってきた。
 
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