彼女はまだ本当のことを知らない
 貧乏貴族のタニヤは給料の殆どを実家に仕送りしている。住んでいるところは寮だし、仕事は制服だし私服も平民が買う店でなら安く買える。ただ、社会人としての付き合いは殆ど出来ていない。
 もっと実入りのいい仕事をとも思うが、騎士団の受付など固い仕事だから家を出ることを許してもらえたのであって、違う仕事に就いたら家に戻ってこいと言われるのは目に見えている。
 同じ貧乏貴族のマリッサも彼女と同じようなものなのに、彼女はまだタニヤより余裕がありそうだ。

「実はね、バイトをしているの」
「バイト?」
「し、内緒よ」

 騎士団では副業を持つことは特に禁じられてはいないが、優先されるべきはもちろん騎士団での勤務なので、なかなか両立できるものが見つからない。

「ど、どんな?」
「う~ん、人によってはお勧めするのはどうかな、って内容なんだけど」

 歯切れの悪い言い方にますます気になった。

「まさか、犯罪まがいの」
「やあね、違うわよ。簡単に言えばモニターかな。試作品を預かって使い心地なんかを試して、改良点を言ったりしてそれに対して報酬をもらうの」
「へえ・・」
「でも、品物が品物だから、とんでもないと思う人もいるのよ」
「え、どんな品物?」

 マリッサは周りをキョロキョロ見渡して他に誰もいないことを確認し、そっと耳元で囁いた。

「下着」
「え?」
「それもエッチな感じのね」
「エ!」

 驚いてタニヤは声を上げてしまった。

「く、詳しく」

 ちょっと驚きはしたものの、タニヤも22才のお年頃。興味津々で更に聞いた。
 マリッサは女性の下着や服飾を扱う「ルキアッチェ」という、タニヤも知っている店の名前を口にした。
 下着は日常使いから夜の店のお姉様が好んで着るような際どいものまで取り扱っている。
 ただその際どい下着は貴族や普通の平民でも恋人と過ごすためや、結婚初夜用にと買い求めることもあり、男性が女性への贈り物としてよく買われている。
 マリッサはそう言った下着の新作を実際着て、着心地やらをレポートするのだ。
 品物は手紙と共に送られてきて、三日ほどで感想を書いた手紙と一緒に送り返す。するとすぐに次の品物が送られてきて、その時に前回の報酬が届けられるというのだった。
 金額を聞くと下着が際どいデザインであればあるほど高くなるようだ。しかも一回の料金だけで、タニヤの一ヶ月のお小遣いの軽く二倍だ。そうなれば給料の全てを実家に送り、贅沢しなければ結構なお金が貯まる。
 タニヤはすぐに紹介してくれとマリッサに頼み込んだ。

 そうしてそのバイトを始めてそろそろ三ヶ月になる。
 仕事柄報告書を書くのは慣れている。
 品物を二日ほど着て、三日目に感想を書いて送る。
 その三日目が今日だったので、帰りに届けようと品物を持ってきていた。
 それが今、間違ってフューリが荷物として届けた。
 よりによってテイラー隊長の所へ。
 新人のフューリは愛想もいいし、物覚えも早い。だがうっかりミスや慌てて失敗することが多い。

「わたし、取り戻してきましょうか」
「い、いえ・・だ、大丈夫。私が行くから」

 責任を感じて取りに行くと言うフューリを止めた。

「大丈夫?」

 心配そうに聞いてくるマリッサに、凍り付いた笑顔で頷いた。

「出勤したばかりだし、まだ中身を見る暇もないでしょう。今すぐ行けば大丈夫よ。マリッサは帰っていて」

 気持ちを奮い立たせ、隊長の部屋へと向かった。

 隊長クラスの執務室がある階は中央にだけ絨毯が敷かれている。中央を堂々と歩く勇気が無く、絨毯の端ぎりぎりを歩いて行く。

 意を決して、テイラー隊長の部屋の扉をコンコンと叩く。少し待ったが返事がない。もう一度叩くがやはり応答がない。

 ドアノブを動かすと、ガチャリと扉が開いた。

「し、失礼します」

 少し扉を開けて中を覗き込む。部屋の奥にある机には誰も座っていない。
 さらに扉を開けて体半分部屋に踏み込むと、部屋には誰もいなかった。入ってすぐの場所にプレゼントの山があるのを見て、今のうちだと、ドキドキしながらその前へと歩いて行った。

「大丈夫。私の荷物を探して持って帰るだけ。盗みじゃないもの」

 人の部屋に入ってそこにあるものを取ってくるという、変な罪悪感を覚えながら、積まれた荷物から目当てのものを探した。

「あ、あれ・・ない」

 暫く探したが、さっきフューリが届けた荷物の辺りを探しても見当たらない。別のところも探したが、やはり見つからない。

「フューリの勘違いかも」

 ここにないということは、持って行ったと思ったのは彼女の間違いだったかも知れない。

「何をしている?」
「ひいい」

 すぐ耳元でそう声を掛けられて、タニヤはその場で飛び上がらんばかりに驚いた。

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