彼女はまだ本当のことを知らない
「おはよう」

 次の日、いつもの調子でテイラー隊長が明るく挨拶をしてきたので、一瞬あれは夢だったのかと思った。
 帰りも「じゃあまた明日」とさっさと帰ってしまい、本気で隊長流の冗談だったのだと思った。

 次の日は準夜勤で、その次の日は休みのシフトだった。夕方から夜中までの勤務を終え、建物を出て寮に向かって歩いていると、道に停まっていた馬車の扉ががすぐ横で開いた。

「お帰り」

 中から聞こえた声にビクリとなる。

「乗って」

 怖くて振り返れないでいると、さらに声を掛けられた。

「ルキアッチェから、早速返事が来たよ」

 そう言って馬車の中から箱を持って中身を見せる。
 明るいピンク色生地の下着が薄暗い馬車の灯りでもはっきり見えた。

「ほら早く。時間が惜しい」
「で、でも隊長。や、やっぱり」
「そんなところにいると、目立っちゃうよ。夜中とは言え、騎士団の建物の近くなんだから。今から出勤する者もいるし」

 向こうから誰かが来るのが見えて、私はこれまでの人生で一番と思えるくらいの速さで馬車に飛び乗った。

「お仕事お疲れ様」

 向かいの席に座る私に彼が再び労いの言葉をかけてきた。
 目の前の隊長は胸元を大きく開けたシャツの上に短い丈の簡易マントを羽織って、長い足を組んで座っている。
 そう言えば今日は休みなんだった。

「今日も忙しかった?」
「は、はい」

 私が乗るとすぐに馬車は走り出した。

「あ、あの・・どこへ向かっているんですか?」
「郊外にちょうどいい物件があってね」
「ちょうどいい物件?」

 独立して家でも買おうというのか。

「エッチなことをするにはちょうどいい物件」
「!!!!!」

 ウインクして色っぽくそう言う。驚いてその場で飛び上がりそうになった。

「エ、エエエエエ、エッチ?」

 まさか、何言っているの、この人。
 動揺しまくりの私に、彼はまたもや怪しげに微笑み色気を振りまいてくる。

「楽しみだな。これを着たタニヤ。きっと似合うよ」

 ぴらぴらとしたピンクの下着を振り回す。

「君、普段は隠しているけど、結構胸、あるよね」
「な!」

 そう言われて、さっと胸元を腕で隠すようにした。

「前から思っていたけど、この前確信した。おれって胸フェチだから、ふわふわしたマシュマロみたいなの好きなんだよ」

 その目が獲物を狙うハンターの目になり、私はすっかり追い詰められたネズミみたいに怯えた。


 そして話は冒頭に戻る。

「こっちへ来るんだ」

 一応着替えは見えないところでとお願いして、隣の部屋で着替えさせてもらえたものの、見せるために呼ばれたのだから、彼の前に立つのは仕方ない。
 扉のすぐ前で立ち尽くす私に、彼は側へ来るように命令する。

「あ、あの見るだけならここで」
「そんな遠くから眺めるだけなんて、誰が言った? 近くに来ないと見えないものもあるだろ。さあ」

 言われておそるおそる一歩前へ出た。

「だめ、まだ遠い。もっと近くへ」

 そうして何度も言われて、いつの間にか彼の手が届くところまで来てしまった。

「ふうん、思った通り、胸、あるね」

 隊長は長い指でフニと下着からはみ出した胸を押した。

「ひゃああ、な、何を」

 逃げようとする私を、獣人独特の素早さで腕を掴まれ、彼の膝の上へ座らされた。
 背中に回された手でぐっと彼に引き寄せる。

「た、隊長! やめ」
「ランスロットだ。俺の名前、知っているだろ?」
「そ、それは・・でも、そんな、名前を呼ぶなんて」
「俺がいいって言っているんだから、ほら、言ってみて」
「ラ、ランスロット」
「良く出来ました」

 まるで子どもを褒めるようにそう言って、破顔する。イケメンの笑顔の破壊力。私の心臓がいつ破れてもおかしくないくらい激しく打つ。
 認めよう。彼の顔は好みだ。顔が良くて、地位もお金もある。しかも普通の人間から見れば、獣人は憧れの存在なのだ。女なら誰だって夢見るだろう。
 獣人はこの国ではとても貴重な存在。その能力は普通の人間と比べると飛び抜けている。
 体力や瞬発力、持久力だけでなく、聴力や嗅覚も優れている。
 ただその中でも能力の差はあり、テイラー隊長は確実に獣人の中でもトップクラスに位置する。
 お近づきになりたいどころか、彼の子種だけでもほしいと思っている女性はいる。

「タニヤちゃん、こんなの着て、毎日仕事に来てたの?」
「ま、毎日じゃ・・」

 胸の前のリボンをパクリと口にして、噛んだままスルスルと引っ張られ、リボンが解けていく。
 リボンを解きながらじっと見上げてくる隊長と目が合う。
 
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