若頭
 どうして……なの……こういう時に限って与えられなかった、自分の運に怒りを通り越して本気で嫌気がさす。


 努力して、入場してから遠くに居て話し込んでいる事を確認してから、気付かれぬように此処へ来た筈なのに……。



 こんなの努力と言っていいのだろうか?



 いや?



 それよりも、もう既にここにッ……もしかして話を全て聞かれてッ……筒抜け状態なら……もう私に勝ち目は無いだろう。






「いえ、逆に私の方が彼女を困らせていたと言った方が正しいでしょうね」



 お願いだから、もうこれ以上話さないで……私の人生に関わらないでッ……。



 だけれど、強欲な父親がこんな好機を逃すなんてまず、有り得なかった。



「……――。それは時雨様が娘を気に入って下さったと捉えても良いのでしょうか?! もしそうだとしたならば、貰って頂けないだろうか? まだ婚約者も決まっておらずこちらとしてはとても有難いお話になるのですが……」





「全て聞かれてしまっていたようですね。私が彼女を好いているのは事実です。ですが、彼女はきっと今感じる限りではきっと違うのでしょう。付き合うにしても互いの想いを大切にしたいと思っていますから、連絡を待たせて頂きますね。相当驚かれて居るようなので」



 泥団子を喉にねじ込まれたかのように、息が詰まりそうな感覚に陥る。



 私の事を好いている?




 一体、どうして……。




「では、失礼しますね。急に引き止めてごめんね」



 男はそう紳士ぶりながら私に連絡を強制するような、言葉を植え付けると複数の男を連れ、一瞬にして去って行った。



 だが、自分は終始俯いたままで男の瞳を見る事は最後の最後まで出来なかった。



 本当に自分自身のこの行為は失礼極まりない行動だった。

< 5 / 13 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop