色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 王妃が静かにティーカップを置いた。
 じっと私を見る。
 重圧が凄い。
 とんでもないオーラを持っている人だと思った。
「イバラさん…でいいのかしら?」
「えっ!?」
 ビックリして大声を出すと。
 王妃の後ろにいた侍女が、こっちを物凄い形相で睨んできた。

 イバラ…という呼び名はローズ様と2人きりのときに呼び合う秘密の名前のようなものだった。
 …はずだったのに。
 王妃は余裕げに微笑んだ。
「どうして、私があなたをお呼びしたか疑問に思っているでしょう?」
 したたかに、通る声で王妃が言った。
 私が黙っていると。
 王妃は「うふふ」と口元をおさえて笑った。
「イバラさんは、やっぱりローズにそっくりね」
「……?」
 話がわからずに首を傾げるしかない。
「結婚するとき、ローズが貴女のことを話してくれたの。世間的には寵姫と言われているけど。本当は唯一の血の繋がった家族みたいなものだって」
「かぞく…」
 絶望。
 という言葉が頭の中を支配した。

 ローズ様と話したのはほんのわずかな日々だったけど。
 似ていると言われるからって。
 ただ、それだけで。
 家族のような目で私を見ていたのか。

 それよりも、秘密だと思っていた呼び名を王妃に話して。
「あいつは家族みたいなもんだ」と説明したローズ様に対して。
 物凄くショックを受ける。

 手をグーにすると。
 だんだん腹が立ってきた。

 目の前にいる王妃は、毅然とした態度で。
 私に接している。
 世間がなんというか、ローズ様は私だけのものよ。
 そう、顔に書いてある。

 これ以上にない屈辱を感じた。
「ここは、美しい国ね。食べ物にも困らない。平和な国だわ」
 私が黙っている間に、どんどんと王妃は話を進めていく。
「ただ、誰かと親しくなりたくても同年代がいないのよね。凄いわね、ローズのお母様って。いくら嫉妬深いからって女性を宮殿から追い出すなんて」
 まるで、私が宮殿中の女性を追い出したと非難されているようだった。
 確かに私はローズ様のお母様とそっくりだけど。
 お母様ほどの悪女になんてなれるわけもない。

 今は亡き、ローズ様のお母様は嫉妬深い方で城中の若い女性を追い出した。
 というのは、大きな伝説になっている。
 王国の歴史上、最悪の悪女だと言われる先代の王妃。

「だから、私。貴女と仲良くしたいと思っているの」

 手を合わせて。
 目をキラキラさせて。
 屈託のない表情で言った王妃の言葉に。
 私は、思わず「は?」と言って固まった。

 この人は一体、何を考えているのだろうか。
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