色褪せて、着色して。~沈丁花編~

コウゲキ

 来客です。
 遠慮がちにバニラが部屋に入ってきた。
 私はピアノを弾くのをやめて、立ち上がる。
 朝食を食べ終えて。
 ピアノの練習をしているところだった。

 バニラが「アイツです」と怖い顔をした。
「アイツ?」
 バニラが先導して、外に出ると。
 よそ行きの格好をした王妃の侍女、トラトラが立っていた。
「ごきげんよう」
 これこそ、悪女じゃないかというくらいの悪だくみをしている表情で。
 トラトラが微笑んだ。
 以前会ったときは、民族衣装だったのか、やけに丈の短いスカートを履いていたけど。
 今は、きちんと膝が隠れるくらいのモスグリーンのワンピースを着ている。
 だが、背が高いのでサイズ合ってる? と窮屈そうに見えた。
 つばの広いストローハットを被って。
 後ろには馬車があって。御者が不安そうにこっちを眺めている。

「何の御用ですの?」
 バニラが敵意むき出して言うと。トラトラは「すぐすみますわ」と言った。
 私はここで誰かに襲撃でもされるのではないかと。
 キョロキョロしてしまった。

「わたくし、ザーラ様からお休みをもらいましたの」

 トラトラの言葉に。
 私とバニラは「うん?」と首を傾げた。
 お休みをもらう…というのは遠まわしにクビ…という意味ではないかと思ってしまったからだ。
 だが、目の前にいるトラトラはニコニコしていて悲観的ではない。
「ここのところ忙しかったから。好きなだけ休んでいいってあの方がおっしゃったので。わたくしは旅行に行くことにしました」
「ふーん」
 相手の真意がなんなのかよくわからず、思わずタメ口で言うと。
 ギロリと彫の深い顔でトラトラは私を見た。
貴女(あなた)の侍女は、年中無休で働かされているっていう噂を聞いたけど、本当のようね」
 アナウンサーのような活舌の良い声でトラトラが言った。
 想像もしていなかった言葉を投げかけられたので、私は固まった。
「何がおっしゃいたいんです?」
 必死に怒りをおさえて、バニラが言った。
「わたくしは昔から週休2日をいただいておりますわ。この国での労働状況があまりにも過酷のようでしたから、ザーラ様が心配しておりましたのよ」
「……」
「旅行とおっしゃっていましたけど、領地の外に出ることが許されたのですか?」
 話を変えるようにバニラがうんざりした表情で言った。
 王族に関係する者は、決められた領地より外に出ることは許されない。
 トラトラは「おほほほ」と漫画のような笑い声をあげると。
「知りませんの? 手続きを踏めば出ることはできますのよ。ただし、侍女だけですが」
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