色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 私とバニラは玄関前で、立ち尽くしていたが。
「では、ごきげんよう」
 と言って、トラトラは馬車へと吸い込まれて去って行った。

 ・・・なんなんだ、あの人は?

 嫌がらせをするわけでもなく、
 ただ、自分は休みをもらって旅行に行くんだぞーという自慢をしただけだ。

 だけど、なんか…なんかしょうもないくらいムカつくのは何故か。

 そして。
 私はトラトラに言われて最大級の自分の過ちに気づいた。
 …バニラに休みを一日だって与えたことがないことに。

 そもそもお給料だって私のお金から払っているわけでもない。
 元の主人であるテイリーが払ってくれている。
 バニラと一緒に暮らし始めた頃は「好きな時に休んでいいからねー」と言っていたけど。
 ずるずるとバニラの優しさに甘えて2年以上、こんな状況を続けてきてしまった。
 雇い主として、私は失格で。
 大馬鹿者に違いなかった。

 ムカつくけど、トラトラの言うことは真実だ。

「バニラ、今から休みをあげるから。一週間ぐらい旅行でもしてきて」
「えっ!? あの女の言うことを真に受けるのですか!?」
 バニラが大声を出した。
 とりあえず、私たちは一旦家に入った。

 私はぐるぐると普段、使わない思考回路を懸命に動かした。
「あのね、バニラ。世間体ってものがあるのよ」
「世間体もなにも、わたくしは侍女としての仕事はほとんどしているつもりはないです」
 絶対に言うだろうなと思った。
 テイリーのもとで侍女として働いていたころは、耳をふさぎたくなるような過酷な仕事をしていたようだけれど。
 私のところに来てからは「ここは天国ですか!」と泣きながら喜んで家事をしていた。

 妖精だから、人間と違って体力は無限大だって言っていたし。
 自分の好きなことばかりしているから全くもって苦じゃないと言い張る。
「あのね、バニラ。もうすぐ、太陽様が帰って来るでしょ?」
「ええ。問題なければ」
 太陽様からは、帰宅する際、事前に手紙で連絡してくれるけど。
 3回に1回は急な任務とかで帰らないことがある。

「私ね、考えたの。太陽様と2人きりになりたいって。正直、バニラがいると・・・ねえ?」
 とわずかに視線をそらした。
 バニラにまっすぐ見られたら自分の本心を読み取られそうで怖かったけど。
「まあ、そうでしたか」
 とさみしそうに言った。
 …たぶん、この子は気づいている。
 でも、それ以上、自分の意見を強く言わないのがバニラだ。
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