色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 ここは、ティルレット王国。

 私の名前は、ミュゼ・マルティネス・カッチャー。
 隣国のスカジオン王国で生まれ育って。
 訳あって、素性を詐称して王家の領地で暮らしている。

 この国では、身分の高い者は本名を明かさない決まりがあるそうで。
 私は「マヒル」という呼び名で暮らしている。
 表向きとして、私はスカジオン王国の王族であって。
 人質のためにこの国にやってきて、好きでもない国家騎士団の男と結婚させられて。
 王族の領地で、言葉悪く言えば軟禁状態にある。
 …なーんていう可哀想な女として生活しているわけだけど。

 実際のところは自分の意志でここへやって来たので人質でもなけりゃ、王族でもない。
 まあ、元貴族であるのは本当のところ。

 週に2日、国王の甥っ子であるルピナス…おっとルピナス様にピアノを教える仕事をしていて。あとは、のんびりと暮らしている。

 ピアノを教えるにあたって王族の人達とは顔見知りになり、
 国王ことローズ様とも何度か顔を見合わせている。
 ローズ様のお母様がティルレット人だったからか、
 ローズ様は私に親近感を感じている上に、私にお母様の肖像画を見せてくれたんだけれど。そのお母様がぞっとするくらい私に似ている。
 お母様が似ているってことで、母親似であるローズ様と私は。
 他者から見れば親戚のように似ているそうだ。
 私からすれば、金髪碧眼なところしか共通点ないと思うけど。

 一年前、ローズ様には好きな人がいることを打ち明けてくれた。
 100人の人間が見たとしても、100人全員がイケメンだと答えるローズ様は。
 昔から色んな王族とお見合いしてきたそうだ。
 ローズ様の好きな人はお見合い相手の妹さんだそうで。
 好きになっても結婚は難しいと諦めていたけど。
 私が「奪っちゃえば」と言ってしまった。

 まさか、自分の一言が本当にローズ様の決断に響いたなんて思うわけもなかった。

 ぱっと見、ローズ様は女性のような美しい顔立ちをしている。
 青く美しい瞳に、整った鼻。
 唇は血色の良いピンク色で、すべてにおいてバランスの取れた顔だ。
 国王という立場から、とても恐れられているけど。
 私は怖いと思ったことなんて一度もない。

 ローズ様の弟、蘭殿下や蘭殿下の奥様であるカレン様はどこかローズ様と距離がある。
 特にカレン様はローズ様を嫌っている節がある。

 王族…といっても。
 この国にはローズ様、蘭殿下、カレン様、蘭殿下とカレン様の娘であるスズラン様と息子のルピナス様。この5人しかいないそうだ。
 この国はまだまだ男性が優勢なところがあって。
 王位継承者は必ず男じゃなきゃいけない。
 だから、ローズ様が結婚して子供が生まれなければ、王位継承者はルピナス様になる。
 そのことをローズ様は酷く気にしていた。
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