色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 明日から仕事場として使用する東館は、
 今夜は珍しくお客さんがいないってことで。
 寝室として一人で寝ていいよってトペニに言われ。
 案内されたのは、襖。
 襖を開けると、教科書でしか見たことのない畳が目に入った。
 館内は土足厳禁で。
 スリッパをパタパタ言わせながらの移動。
 夕食にトペニがパンと具の少ない野菜スープを持ってきてくれて。
 食べた後、お布団をひいて就寝。

 と、寝っ転がったわけだけど。
 広いし、うるさいし。
 何よりも慣れない恐怖で眠気がやってこない。
 むくりと起き出して。
 襖を開けると。
 廊下で座り込んで酒を飲んでいるトペニがいた。

 廊下といっても、ベランダみたいな感じで。外壁がなく、
 手すりがあって。
 風が心地よくなびいている。
 暗くてぼーとしていたけど。
 トペニがコスプレしているように見えたので、
「なんだ、その服装」
 と怒ったように言ってしまった。
 暗闇に映える全身白い衣服は。
 騎士団の制服に似ていた。
「おうっ。なんだよ。トイレは向こうだ」
 グラス片手にトペニが向こう側を指さす。

 もしかして、一日中見張られているのか…。
 と思うと、安心と同時に。
 ぞっとする。
 じっと、見ていると。
 トペニは「なんだよ」と言ってグラスを置いた。
「この国にコスプレ文化はあるのか」
 と言うと、
「コスプレ? おまえの国の言葉は難しいね」
「その服装…」
 コスプレって言葉、通じないのか…。
 まあいいやと思って、トペニの服を指さした。
「ああ、これね。似合ってるだろ」
 いっこうに会話が通じないことにイライラして。
 私は黙ってトペニの横に座った。
 トペニの目の前にはグラスとワインボトルが置いてある。

 トペニが黙ってグラスに入っている液体を一気に飲み干す。
 夜中なのに、ざわざわとした人の声が聞こえてくる。
「エアーも飲むか?」
 と言ってトペニがグラスに液体を注いだ。
「ワインか?」
 と言って、注意せずにグラスを受け取って飲んでみると。
 甘くておいしい…恐らく白ぶどうのジュース。
 てっきりお酒かと思っていたので「えっ」と吹き出しそうになった。

「これでも仕事中ですからね。それにプチ情報だが、俺は下戸だ。…って下戸って意味わからないか。まあ、いいや」
 とぶつぶつ独り言のように言い出したので、ちょっとぞっとした。
「トペニは寝ないのか?」
「俺の本来の仕事、コレだからね」
 ニカッと笑ったかと思うと。
 トペニは素早く野球のバットのようなものを手に持って私に向けた。
 よく見ると、鬼が持ってそうな棍棒(こんぼう)だった。
 意味がわからずに固まっていると。
「わりい。ビックリしたか。ま、本当は俺的には剣を持っていたいんだけどね。オーナーに駄目だって言われてさ」
「そんなに危ないのか、ここは」
 暗闇に慣れてきて視線を外にやると。
 それぞれの棟の出入口の前にトペニと同じ服装をした男が立っている。
 向かい合わせ2階の廊下にも男が立っている。
「もしかして、俺らのこと弱いとか思ったりしてる?」
「え!?」
 トペニを見ると、白い歯を剝きだしてゲラゲラ笑いだした。
 別に弱いとか強いとか考えてもいなかった。
 騎士のような服装で武器を持っているということは…
「俺は用心棒の一人だよ。あ、ロケットさんは運転手だから違うけどね」
 用心棒だから騎士団のような制服を着ているのか…。
 わかるような、わからないような…。
 ただ、トペニの見た目でその白い制服は誰よりも似合っていると思った。

「オーナーがちゃんとしている人だからね。外出時はスーツ。仕事の時はコレ着てるってことよ。そんなに驚くことねえだろ」
「トペニは強い?」
 身長170cm前後である程度で、見た目はがっちりしているけど。
 国家騎士団の人達と比べると。
 なんか…心もとないというか。
「俺がイケメンで強いからって別におかしくねーだろ」
 見当違いな言葉に、なんでこう会話成立しないんだろうと黙り込む。
「エアーの目は怖いねえ」
 ストレートに怖いと言われたので。
 素直に「ひどい」と言葉が漏れた。
 昔、親に言われた言葉と同じだ。

「すまん。別に傷つけるつもりはなかった」
「うん。わかってる。私の目、青いからこの国の人、怖がる」
「そういう意味で言ったんじゃねえからな」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「そんなの…自分で考えろ」
 ぷいとトペニが目をそらした。
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