色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 その晩はぐっすりと眠った。
 ピアノの練習はそこそこ、ベッドに入ると。
 深い眠りについて。

 翌朝、鏡で見たら。
 やっぱり目が腫れていた。
 今、いっちばんブスだ。
 なにか対策を練らなきゃ。


 朝食後。
 紅茶とりんごが置かれる。
 紅茶を一口飲んで、目の前に座るバニラを見た。
 暖かな日光が入ってきて。
 昨日までの出来事が本当に嘘みたいだった。
「バニラ、あのさ」
 何も訊いてこないのは彼女なりの配慮かもしれないけど。
 もしかしたら、彼女は何が起きたのか知っているのではないか。
 そんな気もした。

 姿勢よく座っているシナモンは「はい」と言ってこっちを見る。
「あの…なんて言えばいいのかな。あれ、ちょっと待ってね」
 頭をぽこぽこと殴る。
 ちゃんと話すべきことを考えていたはずなのに。
「あのね、とりあえずね」
 なにがとりあえずだよ…と自分に突っ込みながらティーカップを置いた。
「あのね…国王の部下に会ったのね。それでね、その人がね、私の正体をね、知っていたのね」
 シナモンは真っ赤な瞳でまっすぐ見ている。
 表情からは何も読み取れない。
「国王の部下様ですか?」
「うん。そう…何故かその人。私の本名を知っていて、私が王族じゃないって知ってたの。何でだろう?」
「見た目はどんな方だったのですか?」
「どんな…。うーんと、男の人。年齢は50代以上だって言ってた。多分昔はモテたんだろうな。丸顔で身体は年齢の割に筋肉質で背はそんなに高くなくて…」
「50代・・・」
 バニラはうつむいて考え込む仕草をした。
 だが、すぐに「ああ…」と一人で頷いた。
「大丈夫ですわ。その人は恐らく内通者です」
「ないつうしゃ!? え、スカジオン側のスパイってこと!?」
「スパイとは違いますね。あの方は、テイリー様の知人ですから」
「テイリーの知人? あいつ、あんなオッサンの知り合いいるの? 友達なんてろくにいないって言ったいたのに」
「それは・・・」
 と言ってバニラが黙り込んだ。
 うーんと考えながら私はりんごを一口食べる。
 しゃくしゃくと音を出して咀嚼しながら。
「テイリーの知人ねえ」と考える。

「そう言えば、私がこの国に来たのに案内してくれた人がね。テイリーのことを『友達』じゃなくて、あえて『知人』って強調してたなあ。バニラも会ってるよね。グリーンっていう騎士の人」
「……」
 バニラは驚いた表情をしたけど喋らない。
「え?」
 と、バニラを見ていたら、じわじわと真実の糸が一本に繋がるような気がした。
「そんなわけ…ないよね。見た目姿を変えることなんて不可能じゃ…」
「あの方はテイリー様よりも上。雲の上の存在なのです」
 テイリーよりも上。
 かつて、自分に魔力はない…と言っておきながら。
 あの国でもトップクラスの魔力を持っていたテイリー。
 私に嘘をついていた。
「緑目の…あの人が魔法を使って変身して…私のこと…」
 そんなことあるのか…と考えながらも。
 魔法で変身って…。
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