色褪せて、着色して。~沈丁花編~
 考え出すとじわじわと頭が痛くなってきた。
 本当にそんなことがありえるのか。
 何故、あの客人のふりをした男は私の本名を告げたのか。

 バニラと私はお互い黙り込んでいたけど。
 バニラが我に返ったようにこっちを見た。
「マヒル様、あの方に失礼なことを言われたわけですよね? 何故、怒らないのです?」
「失礼なこと…。言われたというより、され・・・」
 と言いかけて、慌てて口を閉じた。
 まさか、着ている服を破かれて胸がはだけた…なんて言おうものなら。
 バニラはこの国を滅ぼすに決まっている。

 バニラは不安そうに私を見ている。
「考えてみたら、あの人に悪意はなかったのかも」
 完全に後付けになってしまうが。
 正体がわかってしまえば、不思議と恐怖は消えていた。
「怒り…というより、恐怖が強かったなあ。色々とね…」
 紅茶を一口飲む。
 そっか、あの緑目の男が変身してたなら、知っていて当たり前だ。
 ただ、服を破るのはやりすぎだと思うけど…
 あえて、恐怖を与えるため?
 だと、いうのならば…
 考えてみたら、あの男が来た時点で、既に娼婦館は騎士団に包囲されていたはず。
 最初から私を襲う気などなかった。

「これは、わたくしが勝手に言う事ですが…」
「ん?」
 シナモンはうつむいた。
「わたくしはあの方に助けてもらった身なのです。だからといって、もしあの方がマヒル様に失礼なことをしたとしたら、それとこれとは別ですから」
 燃えるような赤い目。
 その目で見られると、嘘がつけなくなる。
「うん。まあ、いいや」
 これ以上、話を広げても仕方ないし。
 蒸し返す気にもなれない。
 紅茶を飲み干す。

「そういえばさ。今更なんだけど。国王のお母さんってティルレット王国の王族なんでしょ? ということは、テイリーと血縁関係があるってことだよね?」
「それは…訊かない方が良いかと思われます」
 バニラは厳しい顔つきになって言った。
 話をそらそうとして言った話が。
 非常にマズい話だったらしい。
「王家のことは申し訳ありませんが、お話できないのです」
「ああ、…うん。そうだよね、ごめんごめん」
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