暴君御曹司のお気に入り
「ふう、間に合った」
 
なんだかこの感じ、身に覚えがあるなと思いつつも、約束の時間より前に待ち合わせ場所についたことに安堵する。

こちらから誘ったのに遅れては合わせる顔もない。

待ち合わせ場所の近くにあった鏡を見ながら全速力で走ってグチャグチャになった前髪を くしで整える。

「あ、紬ちゃん。久しぶり!待った?」

小さな手鏡相手ににらめっこしていた私のすぐ前に、誰かが小走りで駆け寄ってきた。

「京極くん。私も今来たとこだよ」

「それならよかった。さっそくだけど、工場に行こうか」

パーティーの時に誘われたアイスの試作品作り。

今日はまだ多分なにもしないけど、京極くんの家の会社の工場を見せてもらうことになったのだ。

あの事件で京極くんからの誘いに乗らなかったことを後悔した私は、パーティーで教えてもらった電話番号を記憶の隅からひっぱりだして連絡を取ることに成功した。

「なんか紬ちゃんの私服、意外だな。Tシャツにジーンズだけ、って勝手なイメージ持ってたんだけど」

こ、こいつ鋭い、、、!

たった1度会っただけなのに私の救いようのないファッションセンスを見抜いていただなんて、さすが大手アイス会社の御曹司だ。侮れない。

「や、やだなぁ。いっつもこんな感じだよ?」

おNewのスカートを強調しようとクルリと回るが、よろついて転びそうになる。

「ははは、じゃあ行こうか」

スマートに手を差し出してそう言う京極くん。
あから始まるどこかの誰かとは大違いだ。

あいつなら絶対今の私を見たら「ヘッタクソなバレエ見せてんじゃねえよ」と文句の1つでも言ってくるに違いない。

しばらく顔を見てないせいか、私の日常は平和なもんだわと頭の中からあいつを追い出して、京極くんの手を取った。
 
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