初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
犬猿の仲
「ねぇ、ミリア。お父様の手紙にシュバイン公爵子息が来るなんて書いてあったかしら?」
「いいえ。私の知る限り、公爵子息様が来る旨は記載されておりませんでした」
「そうよね……」
シュバイン公爵家の跡取りにして、王太子殿下の右腕。しかも、次期宰相候補は確実とまで言わしめる人物、ハインツ・シュバイン。そして、エリザベスの天敵だ。
夜会の度に、壁の花と化すエリザベスを見つけ、嫌味を放っていく嫌なヤツ。しかも、未婚女性がパートナー以外の男性と話す事を良しとしない貴族社会において、頻繁に接触してくるハインツの態度にエリザベスは毎度悩まされていた。
(あの男のせいで、何度ウィリアム様に要らぬ疑いをかけられたことか)
公爵家同士の婚姻が御法度との認識が無ければ、婚約者以外の男性と頻繁に接触していたエリザベスの印象は悪くなっていたことだろう。ウィリアムの浮気癖が社交界で認知されていたからこそ大目に見てもらえていたと言える。
(婚約者のいる女性に毎回絡むなんて嫌がらせに決まっているわ! 本当、最低!!)
ただ不思議な事に、そんな嫌味なヤツなのに貴族社会での評価は、男女共にとても高い。
(確かに見た目だけはいいのよねぇ)
艶やかな黒髪に、黒曜石のような瞳。すっと通った鼻筋と、薄い唇。あの硬質でちょっと冷たいハインツの態度が、あの闇色と相まって、ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
あれは確かに美丈夫の部類に入るだろう。
それでいて浮いた話はない。
しかも結婚もせず、未だに婚約者すらいないとくれば、独身令嬢は黙っていない。夜会の度に、ハインツの周りに群がるハイエナ令嬢の多さは、もはや夜会の名物になりつつあった。
(私に構っていないで、ハイエナ令嬢達とよろしくやっていればいいのよ)
「ほんと、何しに来たのかしら?」
近衛騎士団長のカイルも、副団長のルイも王太子殿下の側近だ。つまりは、二人とハインツは同僚でもある。
(たまたま休暇が重なって、何かの話の中でお二方がベイカー公爵領へ行く事を知って、暇だからついて来たとかかしら? きっとそうね。でなければ、わざわざベイカー公爵領になど来ないわね)
「そう言えば、ハインツ様がベイカー公爵領に来ている事をお父様は知っているのかしら?」
「それは知っているのではありませんか。何しろ家令が全く慌てておりませんもの」
「そうよね。知らないはずないわよね。知っていたなら、一言書いてくれればよかったのに」
ただ、知らせがなかった事を責めても仕方がない。嫌いな相手とはいえ、態度に出すのは大人気ないし、今はベイカー公爵家のホスト役だ。失態を冒せば公爵家の面子まで潰してしまう。ここは一つ大人の対応を取らなければ。
(ハインツ様に嫌味を言われようが、揶揄われようが、我慢するのよエリザベス!)
心に誓いながら、ふと気づく。
「そういえば、ハインツ様のお部屋の準備……」
「お嬢様、ご心配には及びません。そこら辺は抜かりなく」
「まぁ! 良かったわ。流石、優秀な使用人揃いのベイカー公爵家。ところで、どちらのお部屋?」
「そちらでございます」
ミリアの指差す方に目をやり、呆気にとられる。