初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
(何で開いてるのよ!? ミリアの仕業なの? そんな筈無いわ)
去り際に鍵を開けておく的な事を言っていても、ミリアの性格を考えれば続き扉の鍵をかけない選択は絶対にない。貞操観念が厳しいグルテンブルク王国では、パートナーがいない男女が接触する時、必ず第三者が同席する。それは、間違いが起こらないようにとの配慮からだが、男性よりも絶対的に立場の弱い女性側を守るためでもある。そのため、未婚貴族令嬢がいる貴族家の使用人は、未婚の男女の接触には徹底した対策をとるのが常識だ。本来であれば、隣部屋にハインツが居ること自体、あり得ない話なのだ。
(まさか、使用人の誰かが鍵を締め忘れたとか?)
そんな事、今はどうでもいい。すぐに扉を閉め、ミリアを呼びに行き、鍵をかければいい。ただそれだけの話なのに、エリザベスはドアノブに手をかけたまま、動けなくなっていた。
わずかに開いた扉から月明かりが差し込み、暗闇の中、隣部屋の家具が見える。そして耳を澄ませても、静まり返った部屋からは物音一つ聴こえない。
(流石に、寝ているわよね)
突然頭に浮かんだ夕食時のハインツの姿に、エリザベスの心臓が跳ね上がる。カトラリーを丁寧に扱いながら、料理を食べる姿はとても洗練されていた。さすが公爵子息と、思わず見惚れてしまったのは一生の不覚だ。
「あんな一面見せるなんて反則でしょ!」
独りごちたエリザベスの頬が赤に染まる。
(でも、私の知っているハインツ様じゃなかったのよね……)
夜会の時の饒舌な彼とは違い、静かに食事をとる姿は違和感でしかなかったのだ。ただ、交わされる会話に参加していない訳ではない。話を振られればウィットに富んだ言葉を返すし、適切な相槌を打ちつつ、相手が気分良く話せるように上手く誘導している。
『夜会で見せる嫌味なハインツ様はどこかへ消えてしまったの?』と、頭に疑問符ばかり浮かんでいた。
(私の知るハインツ様と、友人達の知る彼は全く違うのかもしれないわね。ハインツ様には別の顔があるのかしら……)
脳裏によぎる金色の少年。ハインツと『彼』が同一人物であるはずない。そんな事はわかっている。それなのに、今朝の光景が頭にこびりついて離れない。
陽光を浴び、こちらに背を向け立つハインツを見た時、記憶の片隅に残る淡い想いがエリザベスの心を震わせた。
(ハインツ様は彼ではないの。だって、ハインツ様は黒目、黒髪だから……)
そんな想いとは裏腹に、エリザベスはドアノブを握る手に力を込める。徐々に開かれる扉とドキドキと高鳴る心臓の音。頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響いていたが、もう止まる事など出来なかった。
エリザベスは開け放たれた扉を抜け、ハインツの部屋へと一歩を踏み出す。彼女の足音は、床にひかれた毛足の長い絨毯が全て吸い取ってくれる。月光がうっすらと差し込む部屋の奥、開け放たれた扉の向こうに天蓋付きのベッドが見えた。
(ちょっとだけ、ちょっとだけよ。ハインツ様と金色の少年が別人と確かめるだけ)
自身の行動を正当化するための苦しい言い訳をしつつ、エリザベスは歩みを進めた。
寝室へと続く扉を抜け、ゆっくりとベッドへと近づき――
「エリザベス、何をしているのですか?」
「――ひっ!……」
突然背後からかけられた声に心臓が大きく跳ね上がり、エリザベスは微動だに出来なくなる。
去り際に鍵を開けておく的な事を言っていても、ミリアの性格を考えれば続き扉の鍵をかけない選択は絶対にない。貞操観念が厳しいグルテンブルク王国では、パートナーがいない男女が接触する時、必ず第三者が同席する。それは、間違いが起こらないようにとの配慮からだが、男性よりも絶対的に立場の弱い女性側を守るためでもある。そのため、未婚貴族令嬢がいる貴族家の使用人は、未婚の男女の接触には徹底した対策をとるのが常識だ。本来であれば、隣部屋にハインツが居ること自体、あり得ない話なのだ。
(まさか、使用人の誰かが鍵を締め忘れたとか?)
そんな事、今はどうでもいい。すぐに扉を閉め、ミリアを呼びに行き、鍵をかければいい。ただそれだけの話なのに、エリザベスはドアノブに手をかけたまま、動けなくなっていた。
わずかに開いた扉から月明かりが差し込み、暗闇の中、隣部屋の家具が見える。そして耳を澄ませても、静まり返った部屋からは物音一つ聴こえない。
(流石に、寝ているわよね)
突然頭に浮かんだ夕食時のハインツの姿に、エリザベスの心臓が跳ね上がる。カトラリーを丁寧に扱いながら、料理を食べる姿はとても洗練されていた。さすが公爵子息と、思わず見惚れてしまったのは一生の不覚だ。
「あんな一面見せるなんて反則でしょ!」
独りごちたエリザベスの頬が赤に染まる。
(でも、私の知っているハインツ様じゃなかったのよね……)
夜会の時の饒舌な彼とは違い、静かに食事をとる姿は違和感でしかなかったのだ。ただ、交わされる会話に参加していない訳ではない。話を振られればウィットに富んだ言葉を返すし、適切な相槌を打ちつつ、相手が気分良く話せるように上手く誘導している。
『夜会で見せる嫌味なハインツ様はどこかへ消えてしまったの?』と、頭に疑問符ばかり浮かんでいた。
(私の知るハインツ様と、友人達の知る彼は全く違うのかもしれないわね。ハインツ様には別の顔があるのかしら……)
脳裏によぎる金色の少年。ハインツと『彼』が同一人物であるはずない。そんな事はわかっている。それなのに、今朝の光景が頭にこびりついて離れない。
陽光を浴び、こちらに背を向け立つハインツを見た時、記憶の片隅に残る淡い想いがエリザベスの心を震わせた。
(ハインツ様は彼ではないの。だって、ハインツ様は黒目、黒髪だから……)
そんな想いとは裏腹に、エリザベスはドアノブを握る手に力を込める。徐々に開かれる扉とドキドキと高鳴る心臓の音。頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響いていたが、もう止まる事など出来なかった。
エリザベスは開け放たれた扉を抜け、ハインツの部屋へと一歩を踏み出す。彼女の足音は、床にひかれた毛足の長い絨毯が全て吸い取ってくれる。月光がうっすらと差し込む部屋の奥、開け放たれた扉の向こうに天蓋付きのベッドが見えた。
(ちょっとだけ、ちょっとだけよ。ハインツ様と金色の少年が別人と確かめるだけ)
自身の行動を正当化するための苦しい言い訳をしつつ、エリザベスは歩みを進めた。
寝室へと続く扉を抜け、ゆっくりとベッドへと近づき――
「エリザベス、何をしているのですか?」
「――ひっ!……」
突然背後からかけられた声に心臓が大きく跳ね上がり、エリザベスは微動だに出来なくなる。