初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
「続き扉が開いたから何事かと思いましたが、まさか貴方が入ってくるとは。まさか、夜這いですか?」

 夜這い!?

「いいえ、違います! 夜這いではありません」

 あまりの言われように、エリザベスは固まった身体を無理やり動かし、言い募る。

「じゃあ、こんな夜中になぜエリザベスは私の部屋にいるのですか?」

「いえ、それは……、あっ! そうです。鍵が、続き扉に鍵がかかっていないと問題になるかと思いまして……」

「それで、きちんと鍵がかかっているか確かめたと」

「えぇ。もし鍵がかかっていなかったら、ハインツ様にも迷惑がかかりますでしょ。貴方様も、婚約破棄された私と何かあったと思われても迷惑でしょうし」

 そうよね。婚約破棄された私となんて噂であっても、何かあったのではと思われたくないだろうし。しかも、巷では悪女と言われているようですしね。

 自嘲的な笑みを浮かべたエリザベスの心が涙を流す。

(言い訳めいた言葉を並べて、自分で自分を傷つけるなんて馬鹿でしかないわね)

「迷惑? 私は一向に構いませんが、まぁいいでしょう。それで、今の説明ではエリザベスが私の部屋に居る理由になっていませんよ」

「えっ?」

「えっ? じゃ、ありませんよ。鍵がかかっている事を確かめるだけなら、使用人を呼べば良いだけの話ですよね。鍵をかけろと。なのに、エリザベスは私の部屋にいる。どうしてでしょう?」

「あっ……」

「ふふふ、本当可愛い。だから夜這いと言ったのですよ。さて話を戻しましょうか」

「……ハインツ様」

「エリザベス、こんな夜中に男の部屋に忍び込んで、どうなっても文句は言えませんよね」

 わずかに開いていた距離が一気に縮まり、エリザベスの肩をハインツが掴む。トンっと肩を押されたエリザベスが倒れ込んだ先はベッドの上だった。

 ボフッという音と共に見上げた先にハインツの笑みが見える。本能的な恐怖心がエリザベスの脳を支配し、身動きが取れなくなっていた。

 ゆっくりと近づく綺麗な顔がエリザベスの視界いっぱいに広がり、消える。クチュッと響いた音に、唇を塞がれた事実を知った。

「――っ……ま……って……」

 抗議の声を上げるため、わずかに開けたエリザベスの唇の隙間から舌が侵入してくる。唇を喰み、歯列をこじ開け、縦横無尽に動き回るハインツの舌に口腔内を刺激され、含みきれなかった唾液が顎を伝い、首へと落ちていく。ひっきりなしに上がる淫靡な音が、脳髄を痺れさせる。

 性経験に乏しいエリザベスには、鳴り続ける警鐘を気にする余裕など無い。逃げ出そうと、ハインツの胸へと置いた手は、彼の服を掴むことしか出来なくなっていた。

 熱を持ち、身体の奥底に火が灯る。

 徐々に力が抜けていく身体をどうすることも出来ず、月明かりの部屋に淫雛な音だけが響いていた。

「エリザベスには刺激が強すぎたかな。瞳が潤んで、とても綺麗だ」

 生理的に流れた涙を拭われ、身体に感じていた重みがフッと消えた。

「これに懲りて、夜中に男の部屋に来ないこと」

 潤んだ視界の先に見えたハインツの笑みに、我に返ったエリザベスはベッドから転がり降りると、逃げるように部屋を後にした。
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