初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
 初めて彼女達と出会ったのはいつだったか。出会いが遠い昔に感じられるほど、濃い時間を二人と一緒に過ごして来た。彼女達が居たからこそ、ウィリアムからの仕打ちに耐えられたと言っても過言ではない。

 夜会で一人、エリザベスが残されるたび、さりげなく側に寄り添ってくれたのも彼女達だった。決して、ウィリアムへのエリザベスの想いを否定することはせず、何度も話を聞いてくれた。彼の女癖の悪さを知らなかった訳ではない。ただ、それを知ったからと言って、止められるような想いではなかった。それを否定せず受け入れて寄り添ってくれるだけでエリザベスの心は救われた。

「ハインツ様の指示で彼女達が私に近づいたのだとしても、縁を切る訳ないじゃない。彼女達と過ごして来た日々の中、築き上げた信頼関係は偽りではないわ。たとえ貴方が私と縁を切れとお二人に言ったとしても、断固拒否されるでしょうね。お二人のパートナーに何を言われようと、絶対にね。女の友情を甘く見ないでちょうだい!」

「エリザベスなら、そう言うと思っていました。確かに、貴方に近づくようにルイからアイリス夫人へ圧力をかけた事はありましたが、きっぱり断られましたね。もちろん、彼女達と私は直接的に繋がってはいませんよ。パートナーの友人という立ち位置でしかありません。だから、貴方の情報を彼女達から得ることは不可能です。ただ、情報というのは、やりようによってはいくらでも手に入れることが出来るものなのです。特に、長年エリザベスの情報を隈なく追っていれば尚更ね」

 くくく、と笑いながら(うそぶ)くハインツの狂気を垣間見ているようで落ち着かない。自分の全てを握られているかもしれないという恐怖がエリザベスの喉元を締め付ける。ハインツの存在感に飲まれたエリザベスに、虚勢を張る気力はもう残っていなかった。

「さて……、貴方の初恋の君が誰かわかったところで、本題に入りましょうか。これで何の憂いもなく、私の婚約者になれますね、エリザベス」

「じょ、冗談言わないで! どうして、貴方の婚約者にならないといけないのよ」

「どうして? おかしいですね。貴方は、初恋の君と結婚したかったのでしょう。初恋の君が私とわかったのだから、婚約者が私になるのは必然ではありませんか」

「違うわ! そんなのおかしいわ。初恋の君が貴方だとわかったからと言って、恋心がハインツ様に移るわけじゃない。私の初恋はウィリアム様に婚約破棄を言い渡された時に終わったの。たとえ、貴方が私の初恋の君だったとしても、それは過去の話。今の私の心にハインツ様はいないの」

 そう、エリザベスの初恋は終わったのだ。

「ウィリアム……本当、目障りな男だ。くく、くくく……貴方の心に私はいないのですか。それは、傑作だ……」

 目元に手を当て心底おかしいとでも言うように笑うハインツを見つめるエリアベス頭の中では、警鐘音がガンガンと鳴り響く。今すぐに逃げ出さなければ、逃げられなくなる。そんな忠告の言葉が頭の中をクルクルと回るが、体が動かない。

「貴方の心に私がいないのであれば、一生忘れないように刻み込めば良いだけの話だ」

 トンっと肩を押され、見上げた先に見たハインツの顔をエリザベスは一生忘れないだろう。あの泣きそうな顔を……
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