初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる
ベイカー公爵視点
「なぁ、ベイカー公爵。この書簡はなんだ?」
陛下に謁見の間に呼び出された時から覚悟はしていた。数日前に提出した書類は、陛下にとっては許可など出来ない代物だろう。何しろ、ベイカー公爵家のエリザベスとシュバイン公爵家のハインツの婚約成立に関する書簡だ。法律で決められている訳ではないが、公爵家同士の婚姻は、暗黙のルールとしてグルテンブルク王国では行われていない。四大公爵家の力があまりにも強いがための措置だ。簡単に言うと、公爵家同士が姻戚関係になれば、王家に匹敵する力を得ることに繋がるからだ。
私だって、そんな事百も承知だ。それなのに、あんな馬鹿げた婚約成立の書簡を陛下へ提出する結果に陥ったかというと、全てはアイツの策に嵌ったからと言っても過言ではないだろう。
ハインツ・シュバイン。奴の挑発に乗ってしまったのが全ての間違いだった。
(まさか、エリザベスが婚約を了承するとは思わんだ……)
ピカピカに磨かれた床を見つめ、ベイカー公爵はコソッとため息をこぼす。
「そうですね。数日前に提出した書簡ですね。何かそれに問題でも?」
「お主、とぼけているのか!?」
バサッと書類が投げられ床をすべる。
ベイカー公爵は足元へと投げられた書類を拾い上げ、目を通すふりをした。
「我が公爵家のエリザベスとシュバイン公爵家のハインツ殿との婚約が成立した旨をお伝えした書簡ですね。それの何が問題でありましょうか?」
「貴様、本気で言っているのか。我が国では、公爵家同士の婚姻は認められておらん。そんな事、当事者である公爵家が知らんとは言わせんぞ」
「そんな話、我が国の法律書のどこに記載されておりますか? 私の記憶では、そのような記載は無かったように思いますが、違いましたか?」
「屁理屈ばかりこねおって……。では、シュバイン公爵はどうなのだ? この書簡に関して、知らぬとは言わせんぞ!」
陛下の怒りの矛先が変わったことを察した隣の男の肩がビクッと揺れる。謁見の間に呼び出されたもう一人の男。シュバイン公爵家当主の青くなった顔を横目にチラッと見て、ベイカー公爵は天を仰ぎたくなった。
(始めから期待はしていなかったが、これでは話をうやむやにし逃げることも出来んか)
シュバイン公爵家の実権をすべてハインツに託し、領地で妻とのほほんと余生を謳歌している男に陛下との謁見は気が重すぎる。今回の婚約話ですら、寝耳に水の出来事であったろう。
子を持つ親として、腹の中真っ黒なハインツを子に持つシュバイン公爵に少々同情心が湧き上がる。
(同じ息子でも、我が息子の方が百倍は扱いやすいわな)
ウィリアム王子といい、ハインツといい、我が娘ながら男運の悪さは、天下一品だ。
領地から戻ってからの数週間、以前にも増して精神が不安定になっているエリザベスを想い、今更ながらハインツの挑発にのってしまった事を後悔していた。