仕事人侍女の後宮セカンドライフ~新しい主人を選ぶはずが、寵姫に選ばれました~

7 お姫様のお願い

 ソフィアはシーナ姫の前で、旅芸人がするように軽業を披露してみせた。
 跳び上がって反転したり、逆立ちしたまま足で燭台を持ち上げる。おどけたように転んでみせては、野生動物のように体をしならせて立ち上がってみせた。
 寵姫候補たちが野蛮だと眉を寄せる中、女官長のテラは静観の目でソフィアの芸を眺めていた。
 姫君たちにはどうあれ、後宮に閉じこもっている姫にとっては、ソフィアの芸は一時の遊興を作り出した。
 ソフィアが最後にうやうやしく礼を取ると、シーナはぱっと椅子から立ち上がって手を叩いた。
「すてき! 夢みたいだったわ!」
 無邪気に笑ったシーナに、ソフィアは顔を上げてほほえむ。
 しかし周りで顔をしかめていた寵姫候補たちは黙ってはいなかった。
「控えなさい! 旅芸人の真似事など子どもだましだわ!」
 ソフィアは声を上げた寵姫候補に目を向けて言い返す。
「私は主の前では、旅芸人で構わぬと思っております。主が笑ってくだされば、別段恥ずべき行いとも思いませぬ」
 ソフィアは芸に使った小さな玉を布で拭くと、つと寵姫候補に鋭い目を向けた。
「……それに子どもだましと言われるが、殿下に子どもの楽しみを感じていただいて何が悪いのだ?」
 一瞬その気迫に息を呑んだ寵姫候補から、ソフィアはシーナに目を戻す。
 ソフィアはシーナの前でひざまずいて、優しく話しかけた。
「シーナ殿下、後宮は窮屈な場所とは限りませぬ。今日のように世界中から人が集まるときもございます。心を開いて、それをお楽しみくださいませ」
 シーナは瞳を揺らしてソフィアを見返した。彼女の瞳には先ほどまでの、内なる世界だけにこもっていた少女の陰りが消えていた。
 シーナは女官長のテラを振り返る。テラは落ち着きをもってその意図を受け止めると、うなずいて告げた。
「彼女の名は、ソフィアと言います。寵姫候補の一人です」
 シーナはぱっと笑顔になって、ソフィアに振り向いて言った。
「ソフィアに、次の選定に進むことを認めます!」
「……え」
 ソフィアはその言葉にうろたえて、思わず言葉を失う。シーナはにこにこしながら言葉を続けた。
「おねがい。おとうさまの御心をつかんで、ソフィア!」
 動揺する姫君たちの目も構わず、シーナははしゃいでいて言葉を覆さなかった。
 しかしもっとも動揺したのは、名指しされたソフィア本人だった。
「……私が寵姫候補?」
 まだソフィア自身が信じられないまま、彼女は次の選定に一番乗りしたのだった。
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