麗しの狂者たち【改稿版】
「お兄さん、めっちゃイケメンですねー。彼女いるんですかあ?」
そんな忙しい中でも、相変わらず八神君に対する声掛けは絶え間なく続いていて。
まだまだ次のお客さんが沢山控えているのに、全く配慮することなく、自分の欲求を満たそうとしつこく彼に絡んでくる人達に、段々と腹が立ち始めてきた。
「あの、すみません。他のお客様のご迷惑になるので、そろそろお引き取りいただけますか?」
そして、ついに堪忍袋の緒が切れた私は、勢い余って注意すると、物凄い形相で睨まれてしまい、その圧力に少しだけ怯んでしまう。
「はあ?私もお客なんだけど。てか、ただ話してるだけなのに何で文句言われないといけないの?」
酔っているのか。
頬を赤らめながら若干目が座っている状態に、もはや何を言っても無駄なのではと。
半ば諦めかけてしまいそうになるけど、ここは他のお客さんの為にも、毅然とした態度で挑まなければと自分を鼓舞した時だった。
「こいつが俺の彼女なんで。だから、いい加減どいてもらっていっすか?」
脇から躊躇いもなく嘘を交えた八神君の爆弾発言に、空気が固まる。
「…………あ。そう、なら始めからそう言ってよ」
それから、暫しの沈黙が流れたあと、女性客の軽い舌打ちが響くと、悪態をついて大人しくこの場から去っていった。
その様子を呆然と眺めていると、間髪入れずに次の注文が入り、私達は会話をする暇もなく再び忙しなく作業にとりかかる。
しかし、頭の中は未だ“彼女”というフレーズが残り続けていて。その場しのぎの言葉なのはよく分かっているのに、意に反して鼓動は徐々に速さをましていく。
なので、余計なことは考えないよう雑念を振り払って仕事に集中しようとするも、このやり方に味を占めたのか。
お客さんに絡まれる度に八神君は息をするように私を彼女だと連発しだしてきて、どうしたって意識せざるを得ない状況に、あれからずっと気もそぞろ。
けど、その効果は覿面で。
それ以降は回転も早くなり、前半よりも大分売上が上昇し始めてきたところで、ようやく病院から帰ってきた従業員二人と交代することとなった。