麗しの狂者たち【改稿版】

「おい。お前らそんな所で油打ってないで働け」

すると、暫くして奥の厨房から二十代後半くらいの黒髪短髪の男性が顔を出し、鶴の一言で二人は大人しく持ち場へと戻って行った。


あの人は、確かイベント会場で怪我人を介抱していた……。

何やら威厳があるし、この中では一番年上に見えるし、もしかして、あの人が店長?


「悪いな、まだ準備中なんだ。とりあえず席で待っててくれ」

ふと視線が合うと、男性は一番奥のお座敷の部屋を案内してくれて、一先ず私達は言われた通り、席で待つことにした。


「ここが八神来夏のバイト先……。予想に反して何だか上品な場所ですね」

席に着くや否や。
渚ちゃんは偵察するように周囲を観察し始め、釣られて私も店内の様子を伺う。

外観と同様。
中もモノトーンでまとめられていて、インテリアがあまりなく、壁に海外のモノクロ写真が何枚か掛けられているのみ。

入り口付近には鉄板付きのカウンター席があったり、その中にはカウンター席の端から端までワインやら日本酒やら様々なお酒がびっしりと並べられていたりで。

鉄板焼き屋というよりはバーみたいなモダンで落ち着いた大人な雰囲気に、本当に私達学生が来て良かったのか、今度は違う意味で緊張感が襲ってきた。


「……にしても、何なんですかあの男は。学校と全然態度が違うじゃないですか。大人の言うことあんな素直に聞ける人でしたっけ?」

一方、気付けばとても不服そうな表情で、八神君の行動を睨み付けるように観察する渚ちゃん。

確かにイベント会場でも思ったけど、改めて働く姿を目にすると、これまでの彼の行動が嘘みたいに感じる。

人に二面性があるとか言っときながら、自分だって同じなくせに。

何だか少し悔しい気分に陥ってきた私は、心の中でそう毒付いていると、準備がようやく完了したのか。

お肉やら野菜やら沢山の食材が盛られてお皿を両手に持ちながら、厨房から八神君と店員さん達がぞろぞろと出てきた。
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