麗しの狂者たち【改稿版】
暫しの間流れる沈黙。
一向に亜陽君からの返答はなく、静寂な時間が続くにつれ、私の鼓動は徐々に速さを増していく。
「あはは、美月って面白いね」
すると、突然亜陽君の笑い声が聞こえ、何事かと勢い良く顔を上げた。
「俺らはただの学生の付き合いじゃないんだよ。君の一存でどうこうできる話じゃないのは美月もよく知ってるよね?」
それから、淡々とした様子で現実を突きつけてくる亜陽君の言葉に一瞬たじろぐも、こうなることは予想していたので、負けじと足を一歩踏み出した。
「全部分かってるよ。でも、もう縛られるのは嫌なの。私は自分で考えた道を歩みたい。九条家のお嫁さんじゃなくて、倉科美月としとの生き方をしてみたいの」
以前も亜陽君に将来のことを話したら、軽くあしらわれてしまった。
でも、今回は断固として折れるつもりはないので、私は視線を逸らすことなく真っ直ぐと彼の目を見据える。
「美月は俺に不満でもあった?」
再び二度目の沈黙が流れた後、先程とは一変し、今度はとても弱々しい表情を向けてきた亜陽君に、良心が思いっきり痛み出す。
「ち、違う。亜陽君は私のこと凄く大切にしてくれているのはよく分かってる。だから、全部私が悪いの。本当にごめんなさい……」
不満がないと言えば嘘になるけど、今の亜陽君をこれ以上責めることは出来ず。自責の念に駆られる中、気持ちを込めて深々と頭を下げた。
すると、人の気配を間近で感じた瞬間。
亜陽君に突然肩を掴まれ、顎を無理矢理引き上げられてしまい、既視感を覚えた私はその場で固まってしまう。
強制的に向けられた視線の先に映るのは、これまでに見たことがない程冷たく、無機質な彼の表情。
しかも、私を蔑むように見下ろしてきて、一瞬別人なのかと自分の目を疑った。
「つくづく君はバカだね。俺達の存在意義分かってる?」
そして、喧嘩の時ですら一回も罵倒されたことなんてなかったのに、ここにきて亜陽君から初めて馬鹿呼ばわりをされてしまい、更なる動揺を隠せない。
「俺が太陽の“陽”なら、君は“月”。月は太陽の光がないと輝けない。だから、君は俺が居てこそ成り立つ存在であって、それは九条家と倉科家の立場の象徴でもあるんだよ」
それから、淡々と教えられた衝撃的事実に、私はショックのあまり暫くの間言葉を失ってしまった。
まさか、私達の名前にそんな意味が込められていたなんて。
まさか、生まれた時点から自由というものは存在しなかったなんて。
これじゃあ、本当に私達は両家のしがらみに囚われた操り人形そのものだ。