麗しの狂者たち【改稿版】
「とりあえず、風呂入るか」
すると、何気ない八神君の一言に、私は思わず反応してしまう。
「……う、うん。そうだね。八神君先に入っていいよ」
何だろう。
当たり前のことを言っているだけなのに、何故こんなにも意識してしまうのか。
私は徐々に早くなる鼓動を抑えながら、動揺する気持ちを悟られないよう笑顔で取り繕う。
「一緒に入るか?」
そんな私の心境を知ってか、知らずか。
不意に距離を縮めてきた八神君に艶かしい声で囁かれてしまい、隠していた熱が一気に上昇し始めていく。
「じょ、冗談はいいから、早く入ってきなよ!」
もはや、完全に掌で転がされている状況に悔しさが込み上がってきた私は、頬を膨らませながら、わざとらしく彼から離れる。
しかし、それを逃さまいと。
即座に背後から捕獲されてしまい、折角落ち着き始めようとしていた鼓動が再び暴れ出してきた。
「……なあ、美月。今夜抱いていい?」
そこから追い討ちをかけるように、八神君の甘くて熱を帯びた低い声が耳元に落ちてくる。
「ていうか、もう我慢とか無理だから抱かせろ」
そして、今度は有無を言わせない圧がかかると、まだ一言も発していないのに、八神君の手が下から伸びてきて胸に触れる。
「やっ、八神君待って。まだ私……」
その手を即座に掴み、慌ててそれを引き剥がした。
「そもそも、男と泊まりたいってどういうことか分かってるのか?始めの時もそうだったけど、あんた無防備過ぎるだろ」
そんな私の反応を楽しむように、今度はうなじに舌を這わせてきて、反射的な肩が小さく跳ね上がる。
「だめっ……、ちょっ……、まずはお風呂入らなきゃだから!」
終いには服の中に手を入れられそうになったところで、私は咄嗟に頭に浮かんだことを大声で口にする。
その直後、八神君の動きがピタリと止まり、あっさりと私から手を離した。
「それじゃあ、早く行ってこいよ」
そして、悪戯にほくそ笑む彼にまたもや翻弄されてしまったと後になって気付くも。もはや、それは後の祭りだった。